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残酷な天使のアンチテーゼ p06

 病院のパンフレットに載った湯川家はその後、病院の紹介動画にも出演したりと、かなり治療費に関しては優遇して貰っていたようで、治療に使わない分を俺達の為にと出資してくれた。  うちの両親もやりたい事があるならと、開業に必要なものを知り合い伝手に聞いてくれたり、子供の面倒を見てくれたりと、背中を押してくれた。竜二は先日調理師の試験に受かったばかりだ。  残念ながら今年の春、告げられた余命よりも2年長く生きて、お義父さんは亡くなった。来て貰う事は叶わなかったけど、お義父さんの主治医の先生が今も店に来てくれる。お義父さんの縁は確かに続いている。  俺が店に出る日はお義母さんが、お義母さんが店に出る日は俺が子供の世話。流石に小学生とはいえ、長男の玲士や次男の歳士が面倒を見れるのは、三男の紅士まで。2歳児の壮士の面倒を見るのは無理。 「奥さんお綺麗ですね、おいくつなんですか?」 「今年28歳になります」 「え、うっそ! 全然見えないです!」 「ははっ、お世辞はいいですって。ケーキとクッキーを先にお出ししますね」 「奥さんはね、私が憧れた人なの。私がまだ小学校に上がってないくらいの時かな、本物のメイドに憧れてた時に、接客してくれたの」 「ゆきさんと初めてお会いしたのは高校の文化祭の出店だったんです」  このゆきさんという高校生のお客は、俺がかつて高校の文化祭で接客した女の子だ。俺の事は伝えているけど、特にそれで態度を変えたりしないで、普通に接してくれる。  メイドへの憧れはどこへやら、今はボーイズラブ漫画や小説にのめり込んでいるというから、全くもって人というものは分からない。俺と竜二の関係はおかずどころかご馳走だ、なんて一体脳内で俺達はどんな目に遭っているのやら。 「奥さん、マスターは?」 「ちょっとお使いに行ってます。すぐ戻ってきますよ」  俺の事を、お客さんは「奥さん」と呼ぶ。  俺が結婚を隠していないからという理由だけじゃない。きっと俺がクラシックなメイド服を着ているからだと思う。  この10年、俺の中では色々と葛藤があった。子供を産んでも大きくならない胸、男でいたい心、お母さんやママと呼ぶ我が子達。俺を男として扱ってくれる竜二。  本当に悩んだ。  男でいる事にしがみ付きたかったし、やっぱりカッコイイ男として見られたい気持ちはあった。どんなに竜二に抱かれても、妊娠しても、母親になっても、男としての機能の方が不全でも、自分を女として認めたくなかった。  でも、竜二が言ったんだ。たとえ俺を抱いている時でも、女を抱いているつもりになったことは一度もないって。「俺は女を好きになったことがないホモだ」って。そんな愛の言葉ある?  高校の同級生も、会えば俺の事を男として見てくれるし、竜二が俺の事を男として見てくれているなら、それだけで十分だと思えたのは紅士が生まれた後。  だから、俺は知り合いの前以外では男であることをやめた。  心は男だけど、いつかのメイド喫茶のように、俺は可愛い奥さんを精一杯演じている。子供たちは普段も喜んでくれるし、何より……竜二が喜んでるんだよなあ、この格好。 「失礼します、カフェオレのお客様」 「あ、はい、私です」 「ただいま……おっと、いらっしゃいませ」 「あ、マスター!」 「ようこそ、いつもご来店有難うございます」  外に切らした牛乳を買いに行っていた竜二が戻って来た。  ゆきちゃんは俺と話すためによく来てくれるけど、友達の方は竜二を見たかったようで、目が輝いてる。  お客がコソコソとカッコイイだの、笑顔が素敵だの言っても、ニッコリと笑うだけで余裕のある表情なのがまた良いらしい。  俺と竜二、時々お義母さんがいるこの店は、しっかりと「Landmark」という名前があるんだけど、執事&メイド喫茶とか、ばあやまでいる本格メルヘン喫茶とか、訳の分からない別名で呼ばれているのを俺は知ってる。  郊外の車も多くない通り沿いだから、ランチの時間を過ぎるとお客はまばらになる。11時オープンの18時閉店、席の数はカウンター入れて20。これ以上の席だと回せない。  子供が大きくなれば夜の部もするつもりだけど、竜二がなあ……どうなることやら。 「有難うございましたー」  最後の客が帰っていき、入り口のカギを掛けてカーテンを閉め、「CLOSED」の札を掛けると、俺が「竜二がなあ……」と言いたくなるような事が始まる。 「疲れたー、俊、俺今日すっげーコーヒー淹れたと思わない?」 「頑張った頑張った、ちょっと、重いって」 「駄目、俺今は癒されたい。座って」  接客中はあんなに紳士だのなんだのと評判がいい竜二は、その分を取り戻すかのように閉店した途端俺に抱きついて、そしてしばらく離さない。平均してこの癒しの時間とやらは、30分程掛かる。  時々……1時間くらいになるかな。 「今日の売り上げ言っていい?」 「今日結構いったんじゃない? 忙しかったもん」  あー竜二がニヤニヤしてる、これもう丸わかりだわ。うちの店は、俺と竜二が店に出ている日という条件で、売上の目標額とは別に、ボーナス達成額という設定金額がある。  普段の目標額が4万円……これはよく超えるんだけど、それよりハードルが高い1日の売り上げ5万円というのがボーナス達成額。  うちはまあ……竜二の見た目のおかげと、まだ経験の浅いコーヒーはそこそことしても、料理の評価が高く、割とお客さんが来てくれる。  ランチタイムのみワインとビールを出すし、竜二や俺に1杯おごってくれるお客もいる。客単価は割と高い方じゃないかな。  身内でやってるからってのもあるけど、現時点では喫茶店としてかなり経営状況がいい方だと思う。これは税理士さんにも言われた。  今のうちにコーヒーも料理も接客も腕を磨かないと。今は若さや竜二のイケメン度で集客できても、例えば10年後、同じスタイルが通用するわけがない。 「はい、売上は6万……2520円!」 「6万!? 6万は久しぶりじゃない? 結構いったな……ってこら」 「もう限界、ボーナスくれ、俺にボーナス!」  そう、時々片付までに1時間かかると言ったのは、ボーナス達成の日の事だ。つまり、このまま竜二がカウンター裏の休憩室に俺を連れ込んで、俺を抱く日。  子供の事があるから俺はいつも先に帰るんだけど、竜二が店の片付終えて帰って来た後、子供4人を寝かしつけてから愛し合うのはかなり厳しい。  だから、誰にも邪魔されず……となればこの日しかチャンスが無い。  そのせいか、本当に竜二は売り上げの為にあらゆる努力を見せる。レディースデーだの、インスタ映えするメニューにするだの、食器もカップもこだわって、雑誌の取材も積極的に受けるし、ホームページも作った。  全ては達成報酬のためって、えっと……俺へのボーナスは何処に行った? 「ハァ……俊、んっ……」 「ちょ、あぁっ、竜二……ああっ」  キスをしながら俺の服を性急に捲り上げたかと思うと、殆ど使い物にならなかったおかげで使い込まれていない乳首を、竜二が舌で器用に舐め、そしてしゃぶる。  片手はもう俺の秘部を探していて、竜二はズボンが窮屈で前かがみになりながら、時々「痛い」と言いながらも俺の体をまさぐるのを止めない。 「くっ……限界、ちょっと、待って」  竜二は無駄にデカすぎるものが完全に勃ち上がったのか、苦しそうな顔で急いでベルトを外し、ズボンとボクサーパンツを一緒にずり下げ、隅へ放り投げる。  そんなものどこに隠していたんだと言いたくなる大きな息子さんを露出したまま再び俺に覆いかぶさると、俺の制服も下着も脱がせてあからさまに俺に押し当ててくる。  前戯はしっかりとしてくれるんだけど、その間ムラムラがMAXになり、その長さに比例するように獣のように抱かれる事になる。あまり焦らすと今でもそれは変わらない。チンパンめ。 「俊、いい? もういい?」 「ゆっくり、あっ……待って、あっ……あっ!」 「あ、あ~やばい、あ~……飲み込まれる、あー無理、あ~……くっ」  夫婦になって10年、もう何度も何度も、何度もセックスした。けど、未だに愛しそうに抱く竜二がくれる、その気持ちよさは変わらない。俺の脳みそは一瞬で竜二のものに支配されてしまう。  本当は俺だって楽しみにしているんだなあといつも思う。 「竜二、やっ……やぁっ、はぁぁぁ……あんっ、あっ……え、竜二、あっ、ちょっと、ゴムは、ねえ、竜二!」 「今日は駄目、今日達成したら絶対……ハァ、ハァ、俊を孕ませるって決めてた」 「ちょっ、ちょっと俺聞いてない! 決めてな……あっ、ああ~……!」  乾いた音が、休憩室だけでなく店内にも響いているみたいにパンパンと鳴っている。竜二の大きな動きの腰使いは、これマジのやつだ。 「男犯して孕ませて喜ぶド変態だから、俺、もう今更……無理、……出すって決めてる、から」 「んっん~~!」  体を完全に支配されて、抵抗と喘ぎが入り混じる俺の口を、竜二がキスで塞いで、体もガッチリとホールドされる。巷でイケメンだと持て囃される男が、汗を垂らしながら必死に腰振ってるなんて。  ああ、こんな時だけ女になる俺の心が憎い。 「あーイク、あっ……! ははっ、やべぇ、めっちゃ出る」  でも、そんな「今だけ乙女」な俺の心の内を、計画を、竜二は多分知らない。いや、知らなくていい。  ワイン付きのランチコースの予約が、何で今日に限って4人×3組もあったのか。  俺の体を支配する竜二を、俺は時々上手く利用する。  俺が家族計画を密かに立てている事は、5人目が出来てから教えようかな、なんて思ってる。  でも、竜二が「自分から好きにならないと駄目だ」と言うから、本当はいつでも甘える準備万端なのに、わざとツンデレしてることまではバラさない。いつまでも俺を追いかけさせて、時々飴をあげる。  それが俺の全てを知っても好きだと言ってくれたあいつに対する、唯一の秘密。  さて、ボーナスのおかわりが来たらいよいよ大変だから、そっちに集中するよ。俺と竜二の話はそろそろお終い。  これは例えるなら、俺に恋して孕ませたあいつと、俺の失われた記憶が引き起こした幸せの話。  なかなか良い愛の形じゃんって、思ってもらえたら嬉しいかな。

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