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残酷な天使のアンチテーゼ p05

   竜二がニッコリと微笑むと、『奥様』と『お嬢様』は少し頬が染まる。そりゃそうだ、その辺に立たせておけば女子が抱かれようと強引に連れ帰りそうな程のイケメンだ。そんな奴が執事風のコスプレで紳士の振る舞いを真似しているんだから、そりゃ女が惚れるわ。  ゆきちゃんと呼ばれた女の子は、それでもメイドの俺に興味津々なようで、お菓子が欲しい、紅茶を入れて欲しいなど、自分がメイドとして憧れている全ての事を俺にぶつけてくる。  お菓子はもう時間も時間だしサービスだという事で、紅茶を入れてあげて、そして簡単にお屋敷のお掃除だと言って、モップや付近でその辺を拭いたりすれば、真似をして「わたしもお掃除する!」と言って、俺の手からふきんを取ろうとする。  いや、正直俺も掃除とか得意じゃねえよ? ふきんでその辺を拭くとか、実家でも言われなきゃやらねえ。でも、メイドに憧れてる女の子の前でなら、それらしいことをしてやらなきゃ可哀想だ。 「お嬢様、ふきんはお渡ししますから、優しく受け取って下さいませ。強引にしてはいけません。メイドはいつも丁寧でいなければなりませんので」 「分かった!」  家では掃除なんて手伝おうともしないのにと言う母親の言葉が俺に刺さる。メイドがやっているのなら、自分もやりたい。そういう事なのだろう。  俺と竜二がゆきちゃんの相手をし、お母さんには古賀っちがつく。そうしてほのぼのとした時が流れ、なんとなく微笑ましいなあと自分でも思うようになってきた頃、唐突にチャイムが鳴った。  つまり、各クラスの出店の時間が終了したということだ。 「奥様、お嬢様、そろそろ、お出かけの時間です。支度なさらないと」 「あら、いつの間に……すみません、色々とご迷惑をおかけしまして」  母親の方はすぐに現実に戻り、我が子の希望を叶えてくれたと言って俺達に感謝の言葉をくれる。お金の代わりのチケットは飲み物の分だけ受け取り、俺達は2人をにこやかに見送る。  けど、ゆきちゃんはまだメイド喫茶から出たくないようで、「え~?」と言ったり、「もうちょっと」と駄々をこねる。でも、もう流石に時間を過ぎると俺達もこれ以上は相手をしてやれない。  そんな中、やっぱり頼りになるのは竜二だった。 「お嬢様。執事の湯川とのお約束、忘れていませんね? 『お母さん』を心配させたり、困らせてはいけません」 「……でも、まだ遊びたい! 帰りたくない!」 「……お嬢様、本当は私もメイドも、ここでお嬢様とはサヨナラです。でも、もし良い子で居て下さるのなら……特別なお見送りをして差し上げましょう」  特別って言葉に、ゆきちゃんはパッと顔をあげ、その特別の内容を教えてと竜二にせがんだ。もう、その内容次第では泣くんじゃないか……あんまり甘やかすと、後でお母さんが困るんじゃないか……そう思っていたら、竜二の言う特別は、とても簡単なものだった。 「ご覧ください。外にいる人たちは、みなさん自分達で帰っております。けれど、お嬢様が良い子で帰ると言うのなら……私とメイドで、外までお見送りして差し上げます。私か、メイドか、どちらかが抱っこしてお連れしても構いませんが」  執事の口調を崩す事が出来ない竜二の代わりに、お母さんが「特別に外まで付いて来てくれるって」「特別に抱っこしてくれるって」と分かり易く伝えてくれる。ただ、なんで「メイドのお姉ちゃんがだっこしてくれるって」と言ったのか。 「ゆきちゃんだけ特別だって。特別してもらって、お家帰って、お兄ちゃんが帰って来るの待ってようか」 「うん、分かった!」  本当は帰りたくないという気持ちを飲み込み、聞き分けが良い子を演じようと、にっこりと笑うゆきちゃんに、じゃあお連れしましょうと言って抱っこするポーズをすると、ゆきちゃんは「自分で歩けるよ」という。早速良い子でいようと頑張るようだ。 「ゆき、おてて繋ぎたいなー」 「そうですね、名案です。はぐれないように、手を繋ぎましょうか」  そう言って俺が右手を差し出すと、同じタイミングで竜二も左手を差し出していた。ゆきちゃんはそのどちらの手も取り、連行される宇宙人……じゃない、まるで親子のような格好で俺達と教室を出て、校舎の外まで歩いた。  親子は俺達に何度も有難うと言ってくれ、ゆきちゃんは満面の笑みで、今度はお母さんと手を繋いで帰って行った。 「……なんか、俺達で手を繋いでる姿とか、周りからは親子みたいに映ったかもな」 「はあ? さすがにそれはねえだろ」 「そう? なんか子供とか、いつか欲しいなって俺は思ったけどね」 「竜二ならすぐだろ。てかホントにモテるんだからその気になればすぐだろ。遊ばないで真剣に付き合っちゃえば?」 「俺だって……真剣に付き合いたい人はいるよ。でも……今の現実が壊れるのが怖いっていうか」 「竜二が? え、脈なしなの? 竜二が?」  それは驚きだ。竜二が好きになった人がいるっていうのが驚きなのに、その竜二が告白を躊躇うような相手がいるってどういうことだ?  芸能人? あ、人妻か、それとも…… 「お前、まさかロリコン?」 「は? 何でいきなりそうなんだよ」 「いやあ、法的にアウトな相手なのかなって」 「……法律は、別にアウトじゃないけどね」  そう言って寂しそうに俺の方を見る竜二は、なんとなく思いつめているようにも思えた。どんな相手なんだろう。今みたいな表情をされて、キュンとしない女なんているのか。よっぽどのデブ専とか、相手が超年上じゃないと駄目な人だったりするのかな。 「俊はどうなんだよ。好きな人とか……聞いたことないけど」 「俺はあんまり恋愛とか……興味湧かなくて」  いや、それは嘘。俺は自分の体の事があるから、女の子の事を好きになろうとは思わないようにしてる。告白されたことが無いとは言わないけど、きっと迷惑が掛かる。何より、俺は自分の体の事は一生隠して生きていきたいんだ。  一人っ子なのにこんな事言ってたら親に申し訳ないんじゃないかとか、色々思う事はあったけど、体の事はどうしようもない。俺は……女の子を妊娠させる事は出来ない。悔しいけどどうする事も出来ないんだ。  だから、俺の代わりじゃないけど、竜二には思い切ってその子に告白して、幸せな家庭を築いて欲しいって思う。調子に乗って勉強も道徳も投げ捨てるような奴じゃない。誠実で、友達思いで、今日みたいに他人の為に色々出来る奴だ。性格イケメンだ。  きっと、竜二は可愛い奥さんをもって、可愛い子供に囲まれた、みんなの理想みたいな家族が出来る。 「俊が恋愛してもいいなって気持ちになったら、俺もその時は好きな子に告白してみようかな。抜け駆けなしだぞ」 「竜二がそれを言うか? まあ将来俺がずっと独身だったら、竜二の子を手懐けて老後の面倒見て貰うかな」 「逆もあるかもしれないぜ? 俺が俊に泣きついて老老介護してもらう」 「何で俺が独身の前提なんだよ」 「えー、抜け駆けなしって言ったじゃん」  廊下を「まだあいつら着替えてない」なんて言われながら戻り、教室の片付に加わる。  すっかり飾りつけの撤去や机の移動が終わった後、山センが教室に戻ってきた。そして、手に持っていたバインダーから、1枚の紙を取り出した。 「はい、うちのクラスの結果……優勝です!」 「よっしゃあ! 学食!」 「福森様! 福森様のおかげです!」 「竜二が女たぶらかしたお陰! ホント、マジでお前らいい働きした!」 「お前らにとって俺ら何なんだよ」 「集金装置」 「猫にあげるちゅ〇る」 「なあ、期末考査おわったら打ち上げ兼ねて忘年会しようぜ!」 「あ、12月4日はもう1個入れてるわ」 「毎週やろう、毎週!」 「おっ、いいね! 俊と竜二は強制参加な!」  * * * * * * * * * 「いらっしゃいませ」 「ほらね、いい感じの店が出来たって言ったでしょ」 「私……カフェオレのホットと、チーズケーキ」 「あ、じゃあ……えっと、アメリカンと、特製クッキーお願いします!」 「かしこまりました」  今も時々思い出すことがある。  それは、高校3年生の文化祭でやったメイド喫茶だ。  あの経験があったから……という訳じゃないけど、今こうして俺が喫茶店で働いているのは、縁なのかなって思う。俺は店長、オーナーは竜二だ。  一度コーヒーのチェーン店に勤めた竜二は、お義父さん……つまり竜二の親父さんが本格的に寝たきりになった後、会社を辞めた。当時俺達は26歳、4人目を産んだばかりで、ハッキリ言って家計に余裕があったとは言えない。  でも、転勤の可能性もあって、親の介護の為に休職というのも言い出せない職場に悩んでいる竜二を見ているのも辛かった。小学生、幼稚園2人、乳飲み子1人で俺が働きに行く訳にもいかないし、俺の両親だって共働きだ。  そんな中、助けてくれたのは他でもない、一番頼りにしちゃ駄目だと思っていた竜二の親、そして俺の両親だった。

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