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残酷な天使のアンチテーゼ p04

 ガラッと扉を開け、女装男やら執事やら、その他普通の制服の男子高校生が一斉に教室から覗くと、そこではお母さんに連れられた、まだ4,5歳くらいの女の子がギャン泣きしていた。  40歳くらいなのかな、綺麗だけど落ち着いてる雰囲気のお母さんは、明らかに困っていた。  怒鳴りつけるのではなく、泣き止むまで宥めようと優しく言葉を掛けている姿は、出来るだけバスの中で周りに迷惑を掛けないようにと気を使う母親のそれと同じだ。  お母さんはワンピースにショールを羽織っていて、女の子はメイド服とまではいかないが、ゴスロリ風の可愛い服に、カチューシャを付けている。そんなめかし込んだ女児が、体全体をフルに使って泣き喚いているのは何故なんだろう。  こういう可愛い女の子がメイドなら……って、流石にまだ幼いわ。コーヒーなんか火傷されたら困るしとてもじゃないが入れさせられない。 「あのー、どうしたんですか?」  竜二がまずはお母さんの方に話しかける。顔を上げると、あれ? という顔で一瞬俺達の教室のフライヤーと看板、そして竜二の格好を見比べる。 「あ、えっと……ごめんなさい、このクラスの出し物の方ですよね」 「えっ、あー……はい」  竜二がそう答えると、お母さんはとても困ったような顔をした。そして女の子をチラリと見て、とても言い難そうにしていて、女の子が泣き止むよう、一生懸命宥めている。  女の子がまだ帰りたくない、とでも言って駄々をこねているのだろうか。お母さんが話せないようなので竜二が女の子に「どうしたの?」と声を掛けるも、ギャン泣きは止まらない。 「おい、こういう時はおめーみたいなデカい男が声掛けたらダメだって」 「そうだぞ、犯罪だぞ」 「ちがうし! あ~小さい子は男が無神経に近寄るとビビるんだよな……。こういう時は女が話しかけた方がいい」 「女か……」 「女、ね」  皆が俺を一斉に見る。確かにまだ俺はメイドの格好からまだ着替えてないけど、他に……ああ、那珂川は駄目だ、他のメイド担当の奴はもう着替えてるし。  仕方ない、乗りかかった船ってやつだ。出来るだけ怖がらせないように、そっと近づいてしゃがみ込み、出来るだけ優しく声を掛ける。それしかない。 「ねえ、どうしたのかな? 何で泣いてるの?」 「っ、うえっく、ぶえ~っ! ぶえっ、あ~ぁ、あ~! ひぇ~ん……」 「あー……泣いちゃうかあ、何か欲しいものがあった?」  ちょっと声を高めにして、少しでも女の人っぽくしてみたけど……効果なし。  ただ、何かを説明できる状態では無さそうだったけど、何か欲しかったのかと尋ねると、女の子はこっちを全く見ようともせず、ただ首を縦に振った。  ん~、埒が明かないので、再度お母さんの方に尋ねてみるか。 「あの、欲しがってたものって、何です?」 「その……うちの一番上の息子がこの学校に通っていて、その……メイド喫茶をするクラスがあるって、この子に言っちゃったんです。そしたらこの子、行きたいって張り切っちゃって」 「あー……もしかして、うちですか」 「ええ、去年はカッコイイ執事と、可愛いメイド服の子が居たって息子が言ったもんだから……1週間も絶対に連れて行ってって、うちの息子の出店よりも楽しみにしていたんです。その、男の子しかいない学校って言っても、まだ理解できないし」  うわー、こんな小さい子にまで期待される女装メイド喫茶って、どうなんだ。  見ろよ那珂川を。あれでメイド名乗ってんだぞ、夢ぶち壊しじゃん。でもよくこんなメルヘンキラーな空間に連れてこようと思ったな……。いや、むしろこれだけ楽しみにしてギャン泣きするんだったら、連れて来て現実思い知らせた方がいいのか。  夢は若いうちに摘んどけ、だったっけ? あれ、何か違うっけ?  まさか可愛いメイド服の子と聞いて、すね毛未処理の屈強な男がメイド服着てるとは思わねえか、流石に。お母さん、もうちょい男子校の事分かった方がいいよ……。本来ならこういう出店は、学食タダ券という賞品が無かったらネタ合戦だから。  基本チンパンジーしかいないんだから。 「でも、この子、家を出る前に昼ごはんを食べたら寝ちゃって。起きたらもう15時で、慌てて来たんだけどもう出店も終わる時間だし」 「閉まってて、悲しくて泣いてる……ってことか」  どうやらお気に入りの服は、外国のメイドさんの格好を意識した服らしい。最近アニメなどでも増えてきたメイドや執事の世界に憧れて、最近お行儀も良くなったのだという。  まさか男が女装して現れるメイド喫茶だとまでは知らなかったようだけど、女の子としては憧れの世界が目の前で閉まっていた、という事なのだろう。 「あ、あの……もしかしなくても男の子、ですよね?」 「あ~……そうです、こんな格好ですけど」  お母さんは俺を見て、本当に男なのかと感心したような、珍しい物を見たような表情になっている。……あんまり見てくれるな、感心されるのってなんか傷つく。  ん~。自分達のクラスの出し物を、こんな小さな女の子が楽しみにしていたとなれば、なんかしてやりたい。お前が昼寝するからだ、とは流石に言えない。ここで残念でした、もう二度とやりませんとも言えない。  女の子の最早自分でも止め方が分からないような泣き方に、何とかしたいと思った俺は、竜二と、その後ろに立っていたクラスの皆の顔を見上げる。 「なあ、みんな片付してるとこ悪いんだけど、最後1組だけ、この子とお母さんだけ中に入れてあげねえ? 気に入ってくれるかは分かんねえけど」 「そうだなあ、別に早く終わっただけで、まだ終了のチャイムは鳴ってねえし」  前置きが必要かは分かんねえけど、うちのクラスの9割はノリで出来ている。  小さい女の子が女装メイド喫茶に行きたくて泣いているという、訳の分からん状況をシカトするようなクラスじゃないのは、俺達自身がよく分かってる。 「よっしゃ!テーブル1つだけ準備するから! 福森、2分待たせて!」 「おい女装ゴリラ! おめー直視したら女の子の目が腐る!」 「怪物は下がっとけ! おい夢ぶち壊しそうなやつ全員退避! お屋敷にむさい男子は不要!」 「正直、俺もこの格好でこの子の前に出ちゃ駄目な気がするわ」 「よーし聞き分けの良いお利口なゴリラだ、バナナをやろう。ほーらこっちだ、そのまま女の子の視界から消えろ~森へ帰れ~」  那珂川がゴリラの真似をしながら、パンツ丸見えで廊下の窓側に行き、消火栓の影に隠れる。女の子は、ゴリラだの化け物だのという言葉が飛び交うせいでよく分かっていなかったが、自分が行きたいと思っていた教室で何かが始まろうとしている事は分かったようだ。  そして、泣くのに必死で良く見ていなかったのか、俺達に謝る母親と、教室の方を見る俺を見て、咄嗟に泣くのをやめた。 「うっ、うわあ、メイドのおねえさん! メイドのおねえさん! ママ、メイドのおねえさん!」  女の子は驚いた顔のまま、母親の服の裾を引っ張り、俺の事をメイドだと言って必死に知らせようとする。俺の事をマジのメイドと勘違いしているのか。ひょっとしたら、メイド喫茶に行きたいのではなく、メイドに会えると思って楽しみにしていたのか。  けど、うちのクラスはそんな女児の目の輝きを微笑ましく見守るような、ほんわかしたクラスじゃない。 「プッ……おねえさんって、福森の事、おねえさんって……くくっ」 「わ……笑うな、わっ……ぷっ、笑うなあはははは! 福森、いーひひひっ、おねえさんって! あーははははは!」 「女児騙してやんの、この女装詐欺師……ぃひひひひっ! う~ははははっ! あーひひっ、やばい腹いたい……」  あああムカつく! ほんとムカつく! こいつらマジ覚えてろよ……! ギロリと睨んで舌打ちをすると、みんなが慌てて女の子の夢が崩れると言って抑えるようにジェスチャーする。  分かってるよ、分かってる。今はこの子の前で『メイドのおねえさん』でいなきゃなんないのは分かってる。でも、うしろでまだ笑ってるやつをグーで殴りたいのは仕方ないじゃん! チッ、覚えてろよクソチンパン共。 「福森、可愛いは作れる、いいか、可愛いは作れるんだ! そんな屈辱的な格好して、それで女の子の夢ぶち壊してみろ、ゴリラの女装とレベル同じになるんだぞ、スマイルだ、いいな?」 「……くっ」  言いたい事は山ほどあるが、今はこの子に夢を与えるのが先だ。ガラの悪いヤンキーねえさんじゃなく、おしとやかで気立てのよいメイドを演じないと台無しだ。分かってるんだよ。  ……ハァ。 「奥様、それにお嬢様。どうかなさましたか? さあ、お屋敷の片付も終わりました。お帰りなさいませ」  着替えてなかったのは俺と那珂川、竜二と古賀っちだけだっだようで、流石にメイクを落としたメイド役に、服だけ着せて出させる訳にも行かない。古賀っちが教室の引き戸を開けて一礼、竜二はセットされたテーブルの前で、親子に向かった一礼して見せる。 「さあ、奥様、お嬢様。お茶の時間になさいませんか?」 「まあ、本当のお嬢様みたいね、ゆきちゃん、お……あの、ごめんなさい、おねえさんとお呼びしていいのかしら」  ああ、この男がイヤイヤながらやってる女装メイドだって事を分かってる感! 有難う、分かってくれて有難う! マジでイヤイヤやってます! 「いや、もうここで夢与えなかったらスッキリ終われないんで、それで大丈夫です。さあ、奥様、お嬢様。お飲み物はどうなさいますか?」 「ゆきちゃん、良かったわね、本物のメイドさんよ? ゆきちゃんの為に、おねえちゃん準備してくれたんだって」 「ほんと? メイドさんなの? 『ひつじ』さんもいるの?」 「もちろん、お嬢様の執事もあちらにおりますよ。何でも言いつけて下さい」  俺が出来るだけニッコリと笑い、手で竜二の方を指す。すると、俺が本気でやってるのが分かったのか、竜二もなりきって口元だけで笑みを表現し、右手を胸に当てて一礼した。 「『しつじ』の湯川です、お嬢様。先程はご機嫌ななめのようでしたが……嫌な事があっても、大声で泣いてはいけません。女の子はいつでも可愛く。奥様が心配なさいますよ」 「はい! わかった!」 「なんだか、本当にすみません、私達の為に……」 「奥様。今は、『奥様とお嬢様』、私達は執事とメイドでござます。いつものようになさって下さいませ」

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