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残酷な天使のアンチテーゼ p03

 ちなみに、執事は食べ物を頼むと、ナプキンを膝に置いてくれる。俺や他のメイドはくるりと一回転。  那珂川の場合は…… 「あっ、いやだわ。床にシミが……旦那様に怒られちゃう」 「おいおい、パンツ! パンツ見えてる!」 「あははは! カボチャパンツにガーターベルトやべえ! つかなにそのウサギの刺繍! そこまでこだわり要らんし! 完全に見せにきてんじゃん」 「あっちの可愛いメイドのパンツがいいんだけど!」  そう、床のシミを拭くフリをして、パンチラサービスだ。  きっと、本物のメイド喫茶に比べたら、なんて出来が悪く、メイド精神崩壊した出店だと怒られるかも。でも、ここは男子校、全員男。ウケてナンボの世界だ。 「はい、お待たせしました。お熱いうちに」 「やべえ、ハート!」 「ハート載ってる!」 「何これ、無駄にクオリティー高いんだけど!」  型抜きでミルクやココアの粉末を落とし、飲み物にハートを浮かべると、狙い通り味よりもその見た目で満足してもらえる。飲み物の準備などを考えたら10分程しかないにも関わらず、お客はとても楽しんでくれる。 「どう、美味しい?」 「市販のポテトチップスの美味しい味がする」 「そんな、私が食べさせたのにそんな感想なんて、坊ちゃまは私よりも他のメイドの方が……」 「めっちゃ美味い、なんでかなー、メイドちゃんが用意してくれたからかなー」 「つか、マジ可愛いんだけど。やべえ、俺男もいけんじゃね?」 「お前ほんと黒髪ストレート好きだよな」  横でバズーカを構えたまま、俺が想像できる範囲でのツンデレをやってみせる。少し高めを意識しているせいか、声がちょっと低めなマジのメイド喫茶の女の子としか見れないらしく、俺を男としてからかう客はいない。 「坊ちゃま、そろそろお出かけのお時間です」 「あ、もう時間か。あー短いよ、もう一回並んだら行けるかな……」  各テーブルから、一斉に「え~っ?」という声が上がる。それに対し、それぞれの接客担当が、記念に撮ったポラロイドを渡しつつ、退席を促す。 「またね! ばいばい!」 「行ってらっしゃいませ、坊ちゃま」 「お嬢様、お忘れ物はございませんか?」  古賀っちの事を気に入った女の子が顔を赤らめて手を振り、俺達の前を通って教室から出て行く。執事もメイドも、手を振り返したりはしない。静かにお辞儀をして見送る。 「じゃあね!」 「えっ、わっ、ちょっと!」  お辞儀をして見送っていると、帰り際のグループの1人が、急に俺に抱きついてきた。 「別のテーブルから見てたけど、ホントに男か? 女じゃねえの?」 「ちょっと、やめろって!」 「おっぱいあるの? ねえ、触らせて」 「はっ!?」  からかうノリの度が過ぎて、俺が男ならこれくらいいいじゃないかと胸を揉もうとしてくる。流石にそこまでされると俺だって愛想笑いなんかしてられない。付けていた猫耳が取れ、カツラもずれる。  気付いたクラスの奴らや、一緒の友人らが止めろと言って引き剥がそうとしてくれるけど、ニヤニヤとして止める気配が無い。 「いやいや、何してんすか!」 「ちょっと、すんません、これ以上は悪ノリじゃ済まないんで」 「ちょっと、やめてあげてよ、その子泣きそうじゃん」 「嫌がるとか、お前ホントは女なんじゃねえの? なあ、いいじゃん」 「おい、そこまでにしとけって、しつこいぞ、次の人並んでっから帰ろうや」  終いにはスカートまで捲ろうとし、股にもう片方の手が伸びてくる。何考えてんだこいつという怒りよりも、この状況は正直まずい。  俺、今日はそろそろ不安だからと生理用のナプキンを使ってる。男だと言い張ってるけど、それに触られたら違和感があるはずだ。俺には悔しいけどモッコリとする程のものがない。  パンツ触られたらばれるんじゃないか、そう思うとマジでまずい。 「てめえ、俊に何しやがる」 「はっ? うぐっ!?」  そんな時、男の背後からその場が一瞬で凍りついたかのような、冷たい声が聞こえた。俺とその男の間に手が一本入って強引に隙間を作られ、そして次の瞬間、男の顔が固まって、泣きそうな悶絶の表情に変わる。 「……! き、キンタマ、くっ……蹴り……!」 「お前、男子校の女装出店で男に強引に迫って、挙句抱きついて胸を揉んだなどと知れ渡ったら、明日からこの近くは歩けねえぞ」 「……」  低く、そして物騒な事を言い放った声の正体は、竜二だった。嫌がる俺から男を引き剥がそうと皆がオロオロする中、竜二が俺を助ける為にそいつの股を蹴り上げたんだ。 「ふざけるのもたいがいにしろよ、こっちが男だからって、やっていい事と悪い事の区別くらいつけてから来い」 「マジすんません、こいつバカなんで、ほんと、ほんとごめん」 「大丈夫? 怪我してないよな、ホント、すみませんでした、止めきれなくてほんとごめん」  悔しくて、そして俺の秘密がばれるんじゃないかという恐怖もあって半泣きの俺に、その変態の友人2人は代わりに何度も謝ってくれる。だからってその変態を許そうとは思わなかったけど、窮地を脱したと分かってホッとして座り込んでしまった。  股間を抑えた男を抱えながら客たちは帰っていく。他の客もスゲー心配してくれたから、「俺が可愛いばっかりに失礼しました」って言ったら笑ってくれた。 「俊、大丈夫か」 「大丈夫、あーやべえ、これ口ん中、化粧みたいな変な味する」 「誰か、急いで直してやって! 次の客入れるから、早く片付けを!」  竜二と古賀っちが、本物の執事みたいにテキパキと指示を出して、クラスの中はすぐに元通りになる。外にまで騒動は漏れていたようで、並んでいた人は心配だったみたい。そこへ、那珂川がそのまんまの格好で廊下の客を呼びに出る。 「はぁい、男なのにたった今可愛すぎて襲われそうになった美少年がいるオカマ……じゃないわ、メイド&執事喫茶はこちらよー!」 「さあお時間ですよ、お嬢様、坊ちゃま、おかえりなさぁい」  那珂川に続いてもう1人も出て行く。俺が襲われた事までネタにしやがってと思ったけど、笑いや売り上げに変えようとしてくれる気遣いは正直な所、嬉しかった。 * * * * * * * * * 「俊くん、ばいばい! いやめっちゃ可愛かったよね!」 「やばいよ、あーなんか執事の男の子と並んでると、なんかキュンってする!」 「分かる! なんか私の中で何かが始まりそう! 最後サービスで2人揃ってニッコリ笑ってくれたの、もう最高!」 「あーあ、また奈々の美少年萌えが始まった、あんたの頭の中ほんと腐ってんのね」  15時半、最後の組が帰っていく。途中から1テーブル増やしたから、本当にフル回転。それでも予約を断った人が沢山いて、昼の休憩タイムは急遽ポラロイド販売会になった。休憩を返上し、教室を解放して、撮影できるのはこのクラスが用意したポラロイドだけ。喫茶店予約が出来なかった人向けだ。  職員室で先生に企画OKを貰い、1枚200円、こっちが撮るポラロイドのみ撮影可。何十人集まったか分かんないけど、体感女の人の方が多かった気がする。 「終わった……あー疲れた」 「お疲れ、マジこれさ、片付け月曜でよくね?」 「おい俊、股開いて座るな、丸見えなんだけど」 「あーもう疲れたから許して、マジもう足痛いわ」  竜二が怒ってくれた後、急遽俺は女性客のみの対応に回された。竜二と古賀っちは俺がしつこく絡まれた後で、何かあったら文化祭自体が中止になると言い、俺を女性専属にさせた。女性客の方が多かったのも理由だけどな。 「あーあ、福森いいなー、女ばっかり相手にして、可愛い可愛いって言われて」 「はあ? お前こんな格好で女の前に出て嬉しいかよ……普通の格好の時に喋るならいいけど」 「お前普通の格好の時に女と間違えられて、竜二の彼女に嫉妬されたじゃん」 「実際ほら並んでみ? どう見てもカップルじゃん」 「あー誰か! 可愛いじゃなくてカッコイイって言ってくれ! マジ頼む、俺の心が折れそう」  そう、俺は顔立ちのせいか、それとも体の事もあってやっぱ男にしては女っぽいオーラが出てんのか、竜二と居る所を見られると、女と間違えられることがある。それで迷惑なのは竜二なんだが、俺はそれで傷つくという、全員不幸になる勘違いだ。  竜二は竜二で必死になって俺が男である事を説明したり、俺からの説明を求めたりもしないし、余計にこじれる。結果、竜二が別れる。俺は申し訳なさでいっぱいになるけど、竜二は優しいから、俺のせいじゃないと言って普段通りに接してくる。  ほんと、こんな格好以前に女と間違われると碌なことが無い。 「お前らな、女装して女と会って、冷静に考えて嬉しいか? 想像してみ? 女の格好して、女と喋って」 「そんなの、想像せんでも分かるわ」 「女装してでも女とお喋りしたいです!」 「オレ、オシャベリスル、オンナト、オシャベリ、シアワセ」 「ここ男子校だぞ、舐めてんのか福森! この砂漠のような男子校で形振り構ってられるなんて、あーあイケメンはいいなー」 「スカート穿いたくらいで女にキャーキャー言われてえ」 「おい、それを那珂川の前で言うんじゃねえ、あいつはキャーキャー言われてない」  どんな姿をしてでも女と話したいというなら、何故文化祭の出し物が決まった時、我こそはとメイド服を着ることに手を挙げなかったのか。手堅く学食タダ券の方を取ろうとしたその食欲優先な所をまず直せばいいんだ。 「形振りも目立ってなんぼじゃん! ほら、めっちゃほら、求愛で踊る鳥とか、クジャクとか!」 「いざとなったらお喋り出来ないチキンのくせに、鳥で例えるな共食い野郎」 「いいもん! いつかお前の家の『オハヨッ』しか覚えねえインコ素揚げにして食ってやる」 「ちょっと、ちょっと静かに! 廊下、子供泣いてねえ?」  竜二の声で皆が一斉に黙る。うちは早く締めたけど、16時半が本来は各クラスの閉店時間だ。まだ他のクラスの出し物は終わってないが、そんな賑やかな廊下で、確かに小さな女の子と思われる泣き声が聞こえる。 「え、迷子?」 「ちょっと見てみよう」 「やめろ那珂川! その格好で行ったら女の子失神する!」

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