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第179話
あの頃の気持ちに (ジュンヤ) その32
まずかった……猫は俺がジュンヤのほうを見てる間に、俺のウイスキーを飲み干して酩酊してる。
全くなんてたちの悪い猫なんだ。
腕ごと俺にしがみついて離れやしない……さっきから矢のような視線がジュンヤから刺さってくる。
サックスを吹きながら他の観客にわからないようガン飛ばしてくるんだから器用なやつだよ。
オーナーの朝倉さんが寄ってきて、
何かお持ちしますか?と気の毒げに尋ねるので、酔い覚ましのエスプレッソとバケツに水を頼むと、
「 了解しました 」
と笑いながら潤の頭をひと撫でする。
あまりに馴れ馴れしいので、
「 知り合い?」
と聞くと、
「 いつもジュンヤにへばりついてますからすっかりこの店の常連ですよ 」
と答える。
「 常連客がめったに来ない客に迷惑かけてるんだけど 」
と言うと、
「 飲ませた責任があるんでは?」
と笑ってた返された。確かに、面倒なやつに酒なんて飲まずんじゃなかった。
盛大な拍手と軽快なピアノでラストの曲が始まったトランペットとトロンボーンが加わって豪華で縦横無尽な管楽器の吹きあいに足はステップを刻みだす。
観客のざわめきが最高潮になった時、ステージで踊りまくっていた演奏ものりにのってくる。有名なテナーサックス奏者のアルバムに入れられたこの曲。流石にジャズ好きの観客の夜の最後の盛り上がりに一役買っている。
俺も指でリズムを取っていた。そして
ラストの曲、Lazy Bird は終わった。
抱きついて酩酊してる頭の小さい猫は今や俺の顎の下に頭を突っ込み始めた。流石に周りの目が気になると腕をほどきながらなんだかざわついてるステージを見ると、
サックスを持ったままのジュンヤにキスをしている奴がいた。
周りの観客もしばし波を打ったように静かになってる。
それはそうだろう、軽い抱擁とキッスではなく、馬鹿みたいな金髪野郎が力づくで仰け反らすようにジュンヤを抱きしめているからだ。子猫の頭をどかしてステージに近寄ろうとしたが、巻きついた腕が離れない。
「 おい!」
と怒鳴ると顔を上げて俺を見た眼はちっとも酔っ払った眼差しではなかった。潤はくるっと身体を起こしステージの方を見やると、ちょうどジュンヤが男の股間を蹴り上げて脚で突き飛ばしたところだった。
「 あーぁ、馬鹿だなぁ。あんなことしたらいくらマゾのジュンヤでもセックスさせてくれないのに 」
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