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第12話 運命ってなに?

「ん……」 あ、僕…落ちちゃった? 誉くんは?! 「ぅっ、う゛──っ」 この場合、発声しているのは『ブ』じゃない…。 間違いなく『う』に濁点だ。 体が…バキバキする…本気で、動けない。 辺りを見渡す…。 誉くんが居ない事に不安が()ぎる。 最後の方の記憶がない…。 何か粗相でもしてしまったのだろうか? 僕の中で不安はどんどん大きくなり、節々の痛む体をなんとかうつ伏せにすると起き上がろうと腕に力を入れる 「ぅ………」 力が入らない…。 アソコはまだ誉くんが入ってるような感覚が残る。 体はキレイに清められ、パジャマも着てる… 万が一気に入らなかったと言う事ならば、放置して帰るよね? 耳を澄ます。 他に人がいればキッチンだってお風呂もトイレも耳を澄ませば何かしらの気配を感じれる程度の広さの家なのに──と思ったら ゴトンゴトンゴトンと洗濯機の音がした。 へ?!洗濯機回してるの? そう言えば、シーツもタオルもベッドサイドに用意したものは何も無くなっていた。 ダメッ、僕の巣材っ!! 「ぁ、がっ!」 慌てて起きようとして力の入らない腕は体を支えきる事が出来ずにベッドから転がり落ちた。 肘と胸から頬を床に打ち付けか半身がベッドに残る間抜けな体勢。 結構な音がして落ちたのに、誉くんは来てくれない…帰っちゃったのかな? 普通の恋人ってエッチの次の日は泊まるものじゃないの? やっぱりヒートじゃない僕に満足出来なくて 呆れて帰っちゃったとか? 悶々としながらとにかくこの体勢をなんとかしようと匍匐前進してみる。 足がばたんっと落ち、腰とお尻に足の痛み以上の衝撃が走った。 ぐぅ…と、呻き声をあげてしまう。 ヒートの後だってこんなに体に痛みなんてなかったのに…やっぱり…ちゃんと受け入れる体の時に誉くんに抱いて貰えば良かった。 きっと、面倒臭い上に濡れもしない体に呆れて帰っちゃったんだ…巣材もくれない程、良くなかったの? 「ぅ…ふっ…、ううぅ」 Piroron…Piroron… 僕は子供の様にポロポロと涙を溢して泣いているとスマホが鳴ると音が聞こえて来た。 会社用のスマホだ…こんな時に… 軋む体を引き摺り涙を拭いながらスマホになんとな手を伸ばす 『あ、幸人さんすいません。  買い物に出たは良いけど入れなくなっ  ちゃって、…起こしちゃいましたよね?  ほんっとすいません』 それを言うなら【すみません】だよ。 僕は変わらぬ彼の癖に心でツッコミを入れながら笑いが込み上げてくるのを耐え電話を切る。 涙を拭うとほぅっとため息を一つつき、自分のスマホからロビーと部屋のキーコードを送る。 指紋認証してないゲスト用のコードだ。 程なくして玄関が開く音がした。 「ただいまー、起こしてすみません!」 うわ、ただいまだってっ! なんか、もう一緒に住んでるみたいじゃないかっ 僕は赤くなる頬を押さえて身悶えする。 「…どーしたんですか、幸人さん  そんなところにペタ座りしたら風邪ひき  ますよ?」 「痛っ」 誉くんが僕の腕を引いてくれたのは良かったんだけど腰が伸びた瞬間体が軋んで痛みが体を突き抜ける。 「あ…」 誉くんが察した様にそぉっと腕を離し、そして更にそっと抱き上げると自分の膝に僕を乗せた。 「重いよっ」 「俺は大丈夫だから、暴れない」 降りようとする僕に誉くんがピシャリと注意する。 「ごめん、メモ残そうと思ったけど紙が  無くて、スマホも個人の方知らなかったから  ログ残るのマズイと思ってそのまま出た。  あれ?また泣いた?あ…不安にさせたか?」 僕は僕の頬を優しく撫でる指の優しさに反応に困り俯向いてしまう。 あ…、そう言えば── 「買い物って?」 「ああ、その…俺、おもいっきり噛んじまった  から…傷薬と、念の為熱冷ましと、エッチの  時の体の痛みに何が良いか聞いたらスポーツ  用の、が…」 誉くんが困った様に頬を掻く。 僕が思いっきり睨んでるからだ。 「そ、そんな聞き方したの?!」 「思いの外、その…幸人さん体が柔らかくて、  無茶させたし、明日…明後日?体が軋むと  可哀想だと思って…」 「もう、既に痛いわっ!」 僕は思わずペシっと誉くんの頭を叩き、軋む体を自分で抱きしめながらぷははははと笑い転げた。 これならうちにもあるのに…と、筋肉痛用の塗り薬を腰に塗って貰う。 スースーして風邪をひきそうだ。 そして首や肩は噛み跡で沁みてしまうからとりあえず軟膏のキズ薬を塗ってもらった。 「なんとも…効きそうな匂いだね」 「あ、この薬漢方って書いてあるのに食べ  ないで下さいって書いてある」 おい、そこ!なんでそんな残念そうなの?! 塗り薬なんて食べちゃダメなの小学生でも分かる事だよ! 君、薬塗った僕の体になにする気でいるの? 僕は呆れた声をあげた。 「へぇ、そうなんだ。苦かったり舌が痺れたり  するのかな?でも本当に効きそうだから  暫くはこの薬、塗り続けるよ」 「ぇ、ダメッ。傷が消えるし、新しい噛み跡  つけれないだろ!」 この子は…まったく。 折角僕が受け流したのに。 「あのね、僕暫く会社に報告するつもり  無いって言ったよね?  噛み跡付けたらバレるでしょう?」 「誰が付けたかなんて分かんないですよ!」 「そういう問題じゃない」 ビシッと年上らしく決めるべきところは決めておく。 「ただでさえ3ヶ月お預けなのに、その上  それまで噛ませないつもり?  何、幸人さんて釣った魚に餌やらないタイプ  なの?!」 いや、なんか色々間違ってるし。 この場合、君が僕を釣ったんじゃないの? それに、一晩限りの関係が多いと言っていた君に言われたくないから。 …でも。エビで鯛を釣るって言うのなら、僕は誉くんに餌をあげなくちゃならないのかな? 「こら、幸人さん!また1人の世界に入らないの!」 「…鯛には何を挙げれば良いんだろうと考えちゃった」 「幸人さん…幸人さんにとって俺は鯛なの?」 驚いた様に、それでも照れた様に聞いてくる誉くんを可愛いと思う。 「そりゃそうだよ。僕の旦那様になる人だ  もん」 「俺、絶対出世して幸人さんに俺と一緒に  なって良かったって思わせるからな」 「気の早い事を…って、ねぇ?3ヶ月って  発情期の事?」 「それ以外に何かある?」 チュ…と髪にキスが落ちて来た。 「ねぇ…3ヶ月先までエッチしないつもり?」 僕の体はもう普通の時のsexの気持ち良さを知ってしまった。 それなのに発情期までお預けならば、かなりつらい。 「はぁ?夜やらないつもり?」 「ぇ?まだやるの?」 「なに?帰れって事?」 「いや、泊まって良いけど…僕、体ギシギシいってるんだけど?」 「だから薬買って来たんだろ?」 そんなもの、3〜4時間で回復するかーっ!! 僕は心の中のちゃぶ台をひっくり返した。 どうにも中々噛み合わない。 本当に運命なのかな?って頭では時々思っちゃうけど、当たり前だよね。 運命の番ってだけで、僕たちの未来はまだまだこれから。 お互いの事だって知らない事ばかりなんだから。 ──運命って何なんだろうね。 …巡り合わせ? でも、『運命の番』なんて会えない人が大多数だ。 人との出会いが全て運命の様な気もするけど、何が正解かは分からない。 僕たちが別れないって保証も無いんだから。 ただね、不思議なんだ。 君とは人生の最期の一瞬まで一緒に居たいと思うんだ。 こんな事思ったのは君が初めてだよ。 君に出会えた事が奇跡。 それだけは、今はっきり思うよ─── …… 涙が頬を伝う。 「ジージ、泣いてるの?」 幸人さんによく似た顔立ちの幼い顔が心配そうに俺を覗きこむ。 「ああ、これ幸人さんの日記でね…」 俺は古ぼけたダイアリーを閉じた。 幸人さんは一週間前、天に召された。 告知もしたので、最後にやりたい事は全部出来たとありがとうと言われたが、やりたい事なんて特別何もなく、ただ一日一日を穏やかに過ごした半年だった。 これまで長い長い時を共に過ごした。 結局、最後まで『幸人』とは呼ばせて貰えなかったな… 「悲しいことが書いてあったの?」 「いいや、違うよ」 幸人さんと同じアーモンド色の瞳が俺を覗き込む。 ダイアリーを本棚に戻すと孫を抱き上げ膝に乗せる。 「僕、おばあちゃん大好きだったよ…  今も大好き!」 俺を慰めようとしているのか小さな両手を大きく開いて全身で話す。 「だって、おばあちゃんいつも優しく笑ってて  くれたもん。ママはパンケーキしか焼いて  くれないけど、おばあちゃんはホットケーキ  焼いてくれて、それも大好きだったの!」 「ふふ、そうか。おじいちゃんと会った頃の  おばあちゃんは、料理が苦手な人だったな」 「ぇ?そうなの?じゃあ、何が得意なの?」 「そうだな…巣作り、かな」 「とーさん!子供に何話してんだよっ!」 バンッと扉が空いて、幸人さんそっくりな息子が入って来た。 「はぁ、(ちー)はこんなに優しいのに  お前ときたら…俺の顔見る度に怒鳴る。」 「五月蝿いよ!大体幸人さんはとーさんに  甘すぎだったんだっ」 「そうだな…」 息子が俺の言葉に黙り込むと頬を掻き、天井を見上げてため息をつく。 「ねぇ…本当に、1人で大丈夫なの?  海斗も、とーさんと同居して良いって  言ってくれてるし──」 「はは、この家を片付けて…幸人さんの  思い出を整理するまでは大丈夫だ」 「何言ってんの!幸人さんほぼ断捨離しきって  たじゃん」 「幸人さんが、これまでの記録を残しててくれ  たから…」 俺は本棚に残る何冊ものダイアリーに手をやる。 「俺も千雪(ちせ)も今日は戻らないとだから、  とーさんも、そろそろこの部屋出て来て  よね」 「幸人さんのな…匂いが、日に日に薄まる  んだ。  この部屋に入ろうが入るまいが、日に日に  薄まる…。  だから…もう少し、だけ。ここに居させて  くれ…」 「とーさん…。かーさんはね、いつも俺に  僕みたいな幸せなΩが居るんだから  君もきっと幸せになる。2次性なんて関係  ないし、運命とか運命じゃないとか関係ない  んだよ。心から愛しいと思える人と巡り会え  たらそれが運命なんだからって…何度も  そうやって言い聞かされたよ。  俺も、かーさんみたいに幸せだ。千雪の  名前、かーさんが考えてくれたんだよ。  知ってた?  溶けない雪はない。千の雪が溶けたら  そこに訪れてるのは温かい春の日の到来。  同様に残るのは幸福だけだから、この子は  きっとどんな困難があっても、克服し  幸せになるって…。海斗もいい名前だって  喜んでくれたんだ。  ──ッ、ダイニングに昼食置いてあるから  1人でもちゃんと食べてね!千雪おいで  先にご飯食べよっ」 孫の千雪が、心配そうに俺を見上げるから、 行っておいでと笑顔で頷く。 幸人さん、幸せは繋がっているよ。 幸せな人になれる様にと、幸人さんの名前をつけたお母さんの願いを俺は叶える事が出来たみたいだ。 だったら…もう、思い出話は幸人さんに会った時でも話そうか。 俺は締め切ったカーテンを開き、窓を開けた。 穏やかな春の日差しと共に庭先の桜の花吹雪が部屋に舞い、部屋には春の香りがたちこめた。 春の匂いがする──── // 運命ってなに?  了 + ────────── + 後   記 + ────────── + いきなり最終回?!みたいな感じで すみません! 運命って何?と言う所の答えがボヤける前に 一応締めておこうと思いましてd(´・ω・`) 日常的ないちゃこらはもう少し書くつもりです。 このエンディング私的にハッピーエンドだと思っております。 幸人は誉によって幸せな人生を歩み、誉は息子にお母さんを幸せにした人と誉めて貰った。 それはお母さんからの、誉の最愛の人からのご褒美の言葉だったのだと思います。 晴翔や薫を巻き込んでもう少しいちゃこらコメディ的なものも描きたいので本編としては一旦しめますが、また続きも書きましたらお暇な際にでも覗きに来てやってください。 よろしくお願いします♪

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