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機械は男性性を持つのか?だったら僕は……!
『はぁ…っ、だめ。もうイっちゃう…あぁっ、、!』
「ねぇ、最後の間、演技っぽすぎて萎えない?」
僕は三本目のヴィデオにも呆れて次に切り替えた。
だけど多分、カイラスの方がもっと僕に呆れているように見えた。
ま、気にしないけどね。
「次は…、あ、これなんかいいんじゃない?機械モノ。君と同類じゃん。これだったら勃つでしょ?」
僕が、テレビとミラーリングさせているスマホの、次の動画を押そうとした。
「もうやめてください」
その手をカイラスが掴む。その表情は困惑しているようだ。
「なに、嫌だった?どんな感じで嫌だった?」
「嫌なのではなく…なんども言っているでしょう?僕はあなたの指示通りにしか性的な行動はできないと。そんなに僕のいやらしい面が見たいのでしたら、まずは試しに文字入力して、様子を見ればいいじゃないですか」
「それじゃあ面白くない!」
「見てからじゃないと、面白いかどうか判別できません!」
「機械が機械通りに動かない、「予想外」というエロを君は知らないのか?」
「そんな動画があったら、僕らはもう機械じゃなくて、知的生命体ですよ」
彼ははっきり言い切った。しっかりと僕の目を見て、確固たる意志のもとに。
「そーか、そうかい。そんだけ言うんなら、大期待の眼差しで見届けてやるわ」
僕の気迫に押されたのか、カイラスは少し黙った。
「そこに座って」
僕はテレビを見ていたソファの前のローテーブルに、カイラスを座らせた。向かい合うと、カイラスはこれから面接を受けるかのような、綺麗な姿勢で待つ。
僕はパソコンを開いて、カイラスの操作アプリを立ち上げる。シンプルな画面の中の、目立たないような箇所に「Pink」の文字。
そこを押すと、ベータ800用のR18アプリが別で立ち上がる。
全く、プライバシーがしっかりしてやがる。
シュチュエーションの欄にはこう入力してやった。
【担任の先生の前で見られながらオナニー】
エンターボタンを押した瞬間、データが転送されたカイラスの瞳は、僕に対しての軽蔑を孕んでいた。全く気にしないけどね。
彼にバレないように、画面上にメモ帳アプリも立ち上げておく。彼の行動に付随する感情の変化が見られた時、記録しておくため。
行動の欄に【ゆっくりと下だけ脱ぐ】。カイラスの表情がさらに、汚物を見るときのように変わった。僕はメモ帳アプリに、「大嫌悪のご様子」と入力。
「そういう趣味だったんですか。」
「いい趣味だろう?いかにも「下劣な男性教師の妄想」っぽくて」
「脱げばいいんでしょう、脱げば…」
カイラスがチャックを下ろした。座っていたから、尻を少し上げて、黒いパンツを脱ぐ。そのままパンツは、彼の足首までストンと落ちた。
「思ったより、しっかりと筋肉がついてるんだ」
「防犯用でもありますから」
カイラスは足下にまとわりついたパンツを、ゆっくりと踵から引き抜いていった。
白い白人の足に、毛は生えていなかった。これは開発者の趣味か?
下着は白のブリーフ。とても想像の範囲内すぎてイライラするね。
なにも言わないとどう行動するのか見たくて、全く口出ししないでいると、ブリーフを脱ごうとした。
さすがに止めた。
「ちょっと、ま、君なにしようとしてんの?」
「なにって、あなたのご指示通り動いているだけですが……」
「普通さ、もっと考えない?」
「考えるとは?」
「下着の上から性器を触る、がまず最初でしょ?」
「はぁ」
「そこらへんさ、ヴィデオとかで学習してないの?」
「私たちは新品の状態で届けられます。その後、使用を続けることによって、使用者の好みをAIが学習し……」
「つまり、君は、まっさらな状態ってわけだね?」
「まあ、知識はありますが」
「ああ……僕は、なんて……なんて…!」
ミチル?とカイラスがテーブルから立ち上がろうとする。
「いい。いいんだ。別に、気分が悪いわけじゃない。むしろ…」
最高の気分だ…!だってこのカイラスというのは、性に関してほとんどカスタム可能ということじゃあないか。
この瞬間、僕はここに宣誓するよ。
いつか、このカイラスの生体コードをメチャメチャにして、一から書き直して…
「ミチル?本当に大丈夫ですか?気分が悪いなら中断して…」
「いいんだ。続けよう」
「そうですか…?」
では、と言って、カイラスはさっき僕が言った通り、下着の上からペニスを自慰し始める。柔らかいそれを、なんの恥ずかしげも感じていないような無表情で、カイラスは揉みしだいている。
彼の呼吸は全く乱れない。最初から設定されたのだろう、規則的な胸の上下。
上がスーツのような服を着ているので、何というか…。クセになりそうな禁断感。
画面の【状態】をクリックすると、「彼」の「興奮度」がわかる。体のどこに一番快楽を感じているのか、数値で表されている。人型の絵の股間から伸びた線の先には、100と表示されていた。本当に残念な気持ちになったのは、1パーセントも脳に反応が見られないから。
あまりの無表情に感激したので、画面に、【表情をもう少し感情的に】と打ち込んだ。新人AV監督の気分だ。
彼の頬と、鼻の先が、うっすらと赤くなる。口を少し開き、呼吸も浅くなってきた。カイラスは自身のペニスを、長いまつげを伏せ、見つめる。
男では勃たない。それはわかってる。挑戦したことがあるから。
でもどうだ?目の前の男(とは言っても機械)に、必死に下半身を鎮めようと、苦戦している自分がいる。そんなことって、ありえるかい?
「ストップ。ストップだ」
思わす、口をついた言葉がそれだった。
パソコンで隠している股間は、もうそろそろ危ない。
でも、止めた本当の理由は、それじゃなくて。
「もういいんですか?まだAくらいですが……」
「うん、なんか今日は、もう満足。うん。」
「そうですか。では、アプリケーションを終了してください。それと、そろそろ充電をお願いします」
「わかった。すぐする。でもちょっと待って」
「わかりました」
「……」
「……」
「服は着て」
「わかりました」
アプリを閉じる前に、「今回のアクションを記憶しますか?」のポップアップが。「はい」を選択した。
まるでお風呂上がりに服を着ている、当たり前のことをしてるだけ、みたいにパンツを足に通すカイラス。チャックを上げきった時、彼のそれはすでにおさまっていた。
僕のだっておさまっていたさ(おさめた、とも言えるけどね)。だけど、じゃあどうしてあの時止めたかって?
だって僕は、女性が恋愛対象であり、性愛対象であり、男性に勃ったことは人生の中で一度も無く……
先ほどの性との関わりは、カイラスにとって初めてだっただろう。が、僕にとっても、初めての感覚があったのだ。
混乱。混乱してるんだよ、僕……。
「充電、自分でしといて」
それだけ言い残し、僕は寝室に一人で入った。
「ミチル。気分が悪いのであれば、早めに言ってください」
「悪くない。本当だ」
「………もしかして、先ほどの私でもよおしたのではないですか?」
バレた。
「吐き気を。」
バレてなかった……。
「…いや、君は性的にとても魅力的だよ。そこは自信を持って。でも今日は、明日のために早く寝たいんだ。ただ、それだけだよ」
「わかりました。では、おやすみなさい。」
僕はヘテロセクシュアル。僕は異性愛者。僕はノーマル。彼を性的に動かしたのは、ただの僕の、昔から抑えのきかない興味という衝動からであり、それ以外の理由なんてない。
……はずなんだけど。
「眠れない・・・」
部屋で一人小さく呟いたのは、カイラスに聞こえてはいない。
機械は男性性を持つのか?だったら僕は……!/end
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