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第63話
――――――
飯田が俺の中にたっぷり注いで、文字通り精魂尽き果てた後。
「ふぁああ…」
「デカい欠伸。眠い?」
「ん……」
飯田の匂いのする広いベッドの上で、俺は飯田の胸に額を押し当てて、勝手に閉じていく瞼と戦っていた。
せっかく本当の気持ちを確かめ合えた後なのだから、もう少しこの甘い事後の余韻に浸っていたい。なのに、ケンカしてからまともに眠れていない(それとセックスが激しすぎた)せいで、気を抜けば意識が薄れていってしまいそうだ。
「寝てもいいよ」
「イヤだ」
「フフ、子どもかよ」
「うー…」
ああ、なんて優しいんだろう。さっきまで俺のケツをバシバシと容赦なく叩き、真っ赤になった皮膚をニヤニヤと眺め、俺の腰にイヤと言うほど自分の腰を打ち付けていたヤツと同一人物だとは思えない。
お尻が裂けるかと思ったけれど、淫魔の特性として俺の体は受け入れることに慣れているし、悪魔のような言葉責めも気にならないほど気持ちよかった。
『運命の相手』とは、まあよく言ったものだ。もう飯田じゃないとイヤだと、俺の本能が言ってる。
それに、盛大な告白に指輪まで貰って、体だけじゃなくて心まで満たされている。幸せだ。
ふと左手の薬指の指輪が気になって、眠い目を必死でこじ開けた。改めて見てみると、グリーンの石がキラキラして、腹の底から嬉しさが込み上げてきた。
「飯田…これ、いくらしたの?」
給料三ヶ月分と言われたら、きっと笑ってしまうだろう。まあ、まだ三ヶ月も働いてないだろうけれど。
「四千万くらいかな?」
「へあっ!?」
「ブランド立ち上げにあたって、世界各国の宝石商と連絡取ってたんだけど、偶然それ見つけてさ……美夜の瞳の色に似ているなぁと思ったら、いてもたってもいられなくて。父さんに土下座して金借りたんだよ」
なんてこった!!この、米粒二つ分くらいの石が四千万!?
「んなっ、ななな、なんで!?」
俺にそんな価値はないぞと言いそうになって、すんでのところで言葉を飲み込んだ。もう自分を否定することは言わないと決めた。せめて飯田の前だけでも。
でもそれにしたって高額過ぎる。
「ごめんな、そんな小さいものしかあげられなくて。グリーンダイヤって、意外と価値があってさ」
「ダイヤ!?」
色んな意味で意識が遠くなりそうだ……
「やっぱり美夜の瞳によく似合うな。っても、美夜の瞳の方が綺麗だけれど」
うっとりするような笑顔の飯田だ。俺は鯉のように口をパクパクしたまま、ある意味で恐ろしい飯田に、なんて言っていいのかわからなかった。
そういえば、半分無意識で夢中でミスコンのステージに上がったために忘れていたけれど。
俺、自分に自信が持ててから飯田とやり直そうと思っていたんだった。せめて何かひとつ、認められることができてからと約束したのだ。自分と。
「ごっ、ごめん飯田!!やっぱりこんなの貰えないっ!!!!」
慌てて指輪を外そうとして、だけどものすごい瞬発力を発揮した飯田に、左手も右手も動きを封じられてしまった。
「っ、美夜…何でだよ!?」
「うぐぐぐ!だ、だって、俺、変わろうと思ってっ!!ちょ、飯田離してっ!!!!」
「イヤだっ、美夜が手離せよ!!!!」
「痛い痛い痛い!!指折れるううううっ!!!!」
しばしの攻防。小柄な俺が、飯田に勝てるはずもない。
飯田は俺の指に自分の指を絡めて、所謂恋人繋ぎでシーツに押し付けた。
「お願いだから二度と外すなんてするなよ……オレ、これでもものすっごい勇気出したんだぜ」
た、確かに……あのステージの上で、それはもう緊張していた飯田の硬い表情が脳裏に過ぎる。
だけど、よ、四千万?を、日常的に持ち歩くなんて怖すぎる!!
「あ、あのさ、違うんだ。別に飯田のことが嫌いだとかそういうことじゃなくてな?」
「じゃあなんだよ?言っとくけど、お前がそれどうしても外したいって言うなら、オレもひとつ覚悟を決める」
「へ?なんの覚悟?」
「美夜を監禁してここで死ぬまで世話する覚悟だよ。もう二度と外へなんか出さない。鎖で繋いで、オレの精液だけ与えて、ここで一生一緒に生活する」
怖っ!!目が本気だ!!本気で病んでる人の目だ!!
「いやいやいや、それ犯罪だから!」
「仕方ないじゃん…どうしても美夜のことが欲しいんだ。そのために頑張ったんだぜ」
飯田がしゅんと肩を落とした。俺を押さえつけていた手も、力無く離れていく。
頑張ったって、そりゃこの歳で在学しながら社長なんてやるのは大変だろうし、きっと今まで以上にこれからも努力しなければならない。そんな飯田が、俺は素直にすごいと思う。俺のためにと言ってくれて、本気で嬉しかったことも認めよう。
だけど俺だって覚悟を決めて、よく知りもしない芸能界へと一歩踏み出したのだ。それも飯田に認めて欲しかったから。
「お…俺だって、飯田にもう一度振り向いて欲しくて、モ、モモ、モデル、やろうって、思って……」
何度考えても、自分が姉達のようになれるとは思えない。
思えないけれど、頑張ってみようと思ったことにかわりはない。
「ああそうだ、そのことなんだけど」
飯田はニッといつものカッコいい笑みを浮かべた。俺は、こいつなんか企んでるなと直感した。
「オレは何も、ひとりでやっていこうとは思ってないんだ。オレの人生には美夜がいないとダメだからさ、考えたんだよ」
「なに、を?」
絶対良くないことを考えたんだ。そんな顔だもん。
「オレの会社の、イメージモデルやってくれる?そしたらオレたち二人で頑張ったことにならない?」
ほらみろ!!絶対にはちゃめちゃなこと企んでると思った!!
「そんなのムリだよ!」
「ムリじゃない。美夜は綺麗だし可愛いし、絶対に売れる。そしたらオレのジュエリーブランドだって売れるし、オレたちは恋人であり、ビジネスパートナーとして誰にも邪魔されずにやっていける」
めちゃくちゃだ。そんなの上手くいくわけない。
そう思うのに、飯田の熱っぽく射抜くような視線に見つめられて、俺はこの人とならなんでも出来るかもしれない、なんて思った。
飯田はいつも、無条件で俺を肯定してくれる。それがどれほど嬉しいか、よくわかっているつもりだ。だから次は、俺が飯田を認めてやらないといけない。同じ轍を踏まないように。
迷ってはいるけれど、答えなんて決まったも同然だった。
「……わかった。いいよ、飯田と一緒にいられるのなら、俺はなんだって頑張るよ」
ガバリと、飯田が抱きついてきた。背中に両腕を回し、これでもかと抱きしめる。
「く、苦しいよっ」
「美夜……愛してる」
耳元で囁くように言って、それから唇を重ねる。
熱かった。絡み合う舌も、触れた肌も、時々細めた瞼から射るように見つめてくる視線も、全部熱かった。
だから、この熱量があれば、俺たちはなんだって上手くいく気がした。
「俺も、愛してる…」
視線がかち合う。飯田が、本当に幸せそうに笑った。自然と俺も笑顔を浮かべる。
四千万のダイヤより、その輝く笑顔の方が嬉しかったなんてことは、飯田には内緒だ。
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