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第62話
「飯田っ!!」
ステージに辿り着く。精一杯の声を張り上げて呼ぶと、飯田が俺に手を伸ばして引っ張り上げてくれた。
その勢いのままに、飯田の胸に飛び付いた。まるで子どものように、首に腕を回してギュッと抱き付く。
「美夜、ごめん。寂しい思いをさせて。来てくれて嬉しい」
「俺の方こそごめん。飯田の気持ちを考えてなかった。反省してる。それからありがとう」
ふわりと鼻先をくすぐる、爽やかな柑橘系の香水の匂い。あと、淫魔の俺にしかわからない甘い香り。
『運命の相手』だとか、そういうことじゃなくて、飯田は俺のことが好きで、俺も飯田のことが好きなのだ。
なんだ、俺にも自信を持てることがあったじゃないか。この飯田への想いは、誰にも負けないんだ。
「美夜、改めて言わせて」
飯田が俺の体を引き離し(無意識にめちゃくちゃ強く抱きついていた)、再度片膝をついて俺を見上げる。
「これがオレにできる、今の精一杯だ。ごめん、こんなことしか出来なくて。美夜が良ければ受け取って欲しい」
差し出された手のひらに、小さな箱がちょこんと乗っている。その箱の中の指輪には、小指の爪より随分と小さい薄いグリーンの石が存在を主張していた。
「……いいの?俺が貰っても」
俺が答えると、飯田はニッコリと笑った。そして、俺の左手をそっと掴んで、薬指に指輪を嵌めてくれた。
「美夜に受け取って欲しいんだ」
「ッ…ふ、ぅ」
自然と頬を生暖かいものが伝う。そのせいで、せっかくの指輪がぼやけて見えた。でも、そこにあるグリーンの色だけはしっかりと確認できる。
『……っということで!!ミスコンの趣旨とは違いますが、愛でたくカップル?成立ということで、皆さま盛大な拍手をお願いします!!』
司会進行の学生が、戸惑いつつもなんとかしようと声を上げる。会場にいた人たちが、びっくりするぐらい大きな拍手をした。
めちゃくちゃ恥ずかしい。恥ずかしいけれど、どうしようもないくらい涙が溢れて止まらなかった。
「ご、ごめん、飯田…泣くつもりはなかったんだけど…嬉しくて……」
必死で涙を拭う。袖口がぐちゃぐちゃになりそうだ。
飯田がいつもの優しい笑みを浮かべ、両手で俺の頬を挟み込んだ。親指で目尻の涙を拭ってくれる。
「これから先、嬉しい涙だけじゃないかもしれない。でもオレは、いつまでだってこうして美夜の涙を拭ってやれるようになりたいんだ」
飯田の均整のとれた顔が近付いてくる。今ここは、大学の学祭の、たくさんの人が集まっている特設ステージの上で、それこそたくさんの人が俺たちに注目している。
だけど恥ずかしい写真がすでに世間に出回っているのだ。今更何も恥じることはない。
それに俺たちは、別に恥ずかしいことをしているわけでもない。人が人を愛することに、重さも大きさも、他の人の目も関係ないのだ。
「んっ、ふ……」
唇が重なる。飯田の薄い唇の感触が、甘く蕩けるような感覚が、ドキドキと締め付けられるほど苦しげに高鳴る心臓の鼓動が、俺たちの全てなのだと知らしめるように。
「美夜、愛してる」
「……俺も」
飯田は真剣な顔付きのまま唇を離すと、躊躇いなく俺を抱き上げた。俺はされるがままで、飯田の首に手を回してしがみつく。
そのままステージを飛び降りた飯田は、ミスコンとか学祭とかほっぽり出すつもりのようだ。
途中ですれ違った先輩たちが、「ウェーイ!」とか「うひょーう!」とかなんか言っていた。飯田は一切気にとめず、大学を出て通りを歩いた。
途中でタクシーを捕まえ、無言で飯田のマンションへと向かった。手を繋いだまま、お互いに無言だったのは言葉にできるほど感情が冷静じゃなかったからだ。
マンションの飯田の部屋へ雪崩れ込むように入り、やっと二人きりだと思うと止められなかった。
「ふ、ぁ、いいだ…んっ!!」
俺の全部を食べてしまいそうなほど、がっつくようなキスをした飯田が、そのまま玄関のフローリングに俺を押し倒した。
口内をくまなく犯そうとする舌に、必死で応えようとするけど、飯田は俺が呼吸するのも許してくれない。
「ぁ、はっ、んむ…飯田!苦しいっ!!」
「ごめん…でも、我慢できそうにない」
至近距離で見下ろしてくる飯田の瞳は、何日も食事を与えられなかった肉食獣のようだった。
そうだった。飯田は飢えたケモノみたいなヤツだった。
俺は淫魔で、いつだって飯田の匂いにあてられて我を失うけれど。飯田も飯田で、容赦ないセックスをするヤツだった。
まあでも、そんなところすら愛しいと思ってしまうのだ。俺も大概変態だ。
「ごめん、美夜。愛してるんだ」
何度も謝りながら、飯田は俺の服の下に手を滑らせる。優しく撫でるように弱い腹と脇腹を撫で、突然乳首をつねった。
「いいだっ、あぁ!?や、んぅ……」
ビックリして声を上げるも、目の前の飯田の目は既にいつもの「聞こえてません、どうぞ」の目だった。そうなると俺は、「了解です、どうぞ」と答えるしかない。そう、俺たちの問題点は、たとえ一方通行でも話し合わなかったことだ。無線機みたく、交互にでも思っていることを言えばよかった。特に週刊誌のことがあってから、パタリと通信が途絶えていたのだ。
「考え事して余裕だな…オレはこんなに余裕ないのに」
「ちが、ぁ、余裕なんてない!俺だって、飯田の…精液が欲しかった!」
乳首を虐めていた飯田の手が止まる。
「お前なぁ……」
「いや、今のは失言だった。ごめん。でも、お腹空いてるのは事実、です……」
正直過ぎたか?
だけど仕方ないだろ。事実なんだから、と開き直る淫魔の俺。
「まあいいよ。それも込みで美夜がオレを必要としているんだって思えるから」
やれやれと飯田が体を起こす。それから、ニヤリと不敵に笑った。
「ほら、好きなだけしゃぶれよ」
蔑むように見下ろして、飯田は半分立ち上がったものを出した。それを、俺の頬にパチパチと軽くあてる。
俺は理性がガラガラと音を立てて崩れ去ったのを自覚した。
口を開けると、飯田は腰を動かして俺の口内に容赦なく侵入する。下敷きにされて動けないのをいいことに、最初から喉の奥を責められて苦しい。なのに、それが飯田のものだというだけで、俺の下半身も熱いものが溜まっていく。
「んぐ、ぅ、んっ!」
「ちゃんと喉締めて、美夜」
「んんっ、ガハッ…ん、ふ…」
先走りの甘さに、頭の芯が蕩けてしまいそう。
「相変わらず上手いのがムカつく」
気持ちいいのか、飯田が悔しそうな顔をして言った。それからしばらくして、口の中にビュルっと生暖かくて甘い精液を吐き出した。
ゴクリと飲み込む。でも飲んでしまうのが勿体無いとも思った。飯田のは、それくらい美味しい。
「んは、ぁ…おいひ…いいだぁ、もっと…」
「ダメ。次はこっちにブチ込んでやるから」
「ひぁ、あっ」
飯田が俺のズボンと下着を一緒くたに剥ぎ取る。
「何お前、イった?クソ淫乱じゃん」
「だって…喉の奥グリグリされるの気持ちよかったんだもん」
「今からもっと、わけわかんなくなるくらい気持ちよくしてやる」
鋭く睨むような飯田の瞳に、無意識にお尻がキュッとなった。その敏感なところを、飯田の指がグニグニと刺激して焦らしてくる。と思ったら、いきなり指を突っ込んだ。
「ぅああ、はぁ、あ、いいだっ!も、もっとおくさわってぇ!」
「うるせぇ黙れ」
「…ぁい」
罵られたっていいや。そんな飯田が好きなのだ。どうせ酷くされたって喜んじゃうし。というか、このセックスの時の雄っぽさも堪らん。
「すき、すきっ!いれて!」
「わかったから黙れよ」
飯田の指が尻の中をぐちゃぐちゃに掻き回す。もう何も考えらんない、と思考を放棄しようとした時だ。飯田が自身のそれを勢いよく押し込んできて、俺は本当に何も考えられなくなった。
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