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【おまけ】大事にしすぎて怒られた話

 大好きな友人と恋人同士になってから、早半年。  大事にしすぎて怒られた。 「……もう、いいよ、もういい、いいから」  途切れ途切れのか細い声が、紅蓮の指が鳴らす水音の合間に聞こえる。  人差し指、中指、薬指の三本を、向こうから吸い付いてくるみたいに柔らかな肉壁を押し上げるように動かしながら、紅蓮は不安になって訊いた。 「でも、もっと慣らさないと」 「充分、だから」 「でも……」 「じれったいな」  声色に若干苛立ちが混じる。 「挿れられる僕がいいって言ってるんだから君は挿れたらいいんだよ」 「でも、切れるかもしれない。俺のは太いんだ」 「知ってるよ散々見せられたからな」  冬弥が口や指で抜いてくれたことは一度や二度ではない。 「……お前を大事にしたい、好きだから」 「そんなに大事にされたらいつまで経ってもセックスできない。違うか?」  セックス、という単語が、自分たち二人の間で起こる行為の意味で、冬弥の口から発せられる。それも一度や二度ではないが、あんまりに、あんまりすぎて、聞くたびに紅蓮は参ってしまう。自分ばかりがいつまでも初心で生娘な童貞精神のままだった。  初夜、というのは、どの段階のことを呼ぶのだろう。  抜き合いっこやフェラ、兜合わせを経て、指で慣らす練習をしはじめ、一本、二本と増やしていき、痛みを堪えるばかりだった冬弥が次第に快感を堪えるようになりはじめ、かわいい桜色の尻穴が指三本を余裕で咥え込めるようになって、じゃあ遂に挿入をしてみよう――最初の抜き合いっこからここまで四ヶ月かかっているとき、そんな記念すべき今日のことも初夜と呼んでもいいだろうか。多分、それでもきっと、今日が初夜だ。  挿れてほしい挿れてほしいと散々煽られはじめてからもう四ヶ月経つとも言う。かわいい恋人の尻を傷つけぬよう紅蓮なりに懸命に耐えたが、耐えすぎて心の方をちょっと傷つけてしまったかもしれない。 「挿れたいんだろ? 挿れたくないのか」 「挿れたいです……」 「じゃあしろよ早く――、っ」  ちゅぽん、と音を立てて指が抜ける。饒舌に煽ってきていた冬弥が、口を閉ざして声を堪えた。  立てていた両膝の内側に腕を通し、下半身を持ち上げるようにする。尻の中を掻き回されて屹立した冬弥の陰茎がぷるりと揺れて、ぽたぽた、粘りのある先走りを、彼自身の腹に点々とこぼす。  あらためて、紅蓮は恋人を見下ろした。  紅蓮の部屋の、広いベッドの上で、生まれたままの姿の冬弥が、乱れた呼吸を整えつつ、上気した頬で、蕩けながらも少しこわばったような目で、じっ、と紅蓮を見つめている。  ――冬弥も怖いに決まっているのだ。口では煽っているけれど、はじめてが怖くない人なんかいない。 「……冬弥、いいか」 「うん……」 「痛かったら我慢するなよ?」  紅蓮の声は、まるでしょげて耳を垂らした大型犬みたいだったろう、冬弥はそれを見て、少し緊張のやわらいだ様子でふわりと笑んで見せた。 「君は優しすぎるよ」  ――優しく、できればいいんだが。  グロテスクなほどがちがちに勃起して涎まで垂らしている自分のものに、もどかしい気持ちでゴムを被せ、たっぷりとローションを馴染ませる。抜けていった指を恋しがるようにひくついている冬弥の菊門に、そっと先端をあてがった。  ぴたり、と、入るものと、入れる場所の距離がなくなる。  ぎゅ、と冬弥は目を閉じ、顔を背ける。注射針の先を見ないようにしている幼い子どものように。  罪悪感を覚えつつ、ふー、ふー、と荒くなる呼吸を押さえつつ。冬弥の腰に手を添えて、ゆっ、くり、と、腰を前に押し進めた。  ぬちゅ、と亀頭があたたかい肉壁に包まれかけて、抵抗を感じて止まる。  やはり張り出したカリの太いところでつっかかる。 「……痛くないか」 「だいじょうぶ、はやく……」  右腕で表情を隠している冬弥は蚊の鳴くような声だった。きっと痛いのだ。 「はやく、いれて」  それでも。  フー……とけだものじみた息を漏らしながら、ぐっ、と、腰を入れた。  あたたかい、とろけそうにあたたかい冬弥の内側を、紅蓮のそれの形に割り拡げていくような感覚。無理に力を入れないと進まない。視線を下ろす結合部は、みち、と拡がりきって、今にも裂けてしまいそうに見える。 「ッ、……! つっ」  びくっ、と冬弥の脚が震える。  快感の震えとは違う気がした。粘液を垂らす冬弥の陰茎が、さっきより少し萎んでいることに気付く。顔を見ると、もうだめだった。玉のような汗を浮かべた恋人の顔が、歪み、青ざめてさえ見える。 「冬弥」  やっぱりやめよう、と言おうとした。その声を。 「ぐれ、ん、」  腕をずらし、顔を見せた今にも泣き出しそうな冬弥の、泣き出しそうな声が遮った。 「手、繋いで」 「……手?」 「うん」  差し出された左手がふるふると震えている。紅蓮はそれを掴み取り、指を絡ませ、ぎゅう、と強く握りしめる。 「紅蓮」  その手を持ち上げ、繋いだ紅蓮の右手を、自分の頬へ、冬弥は擦りつけるようにした。  頬はあつかった。苦痛に歪んだ顔で、とろりと、冬弥は笑う。 「愛してる」  その目から、ぽろり、と涙がこぼれた。 「……うん」 「うれしい、きみと、できる。やっと」 「うん」 「奥まで、きて」  泣き出したいような気持ちで、紅蓮は頷いた。  みち、みち、とほんの少しずつ、冬弥の中を割り進んでいく。熱くて柔らかいものが、紅蓮のそれをきつく抱擁するように包み込んで、脳みそが溶かされていくような感覚。紅蓮が少し前へ進むたび、冬弥は喉奥で悲鳴を殺し、痛みを噛み締めるような隠しきれない表情を浮かべる。それでも、繋ぎあった手をにぎにぎして、体を前傾させて頭を優しく撫でてやると、汗まみれの表情を少し安らげる。  唇を合わせ、舌を入れると、夢中で貪るように求められた。  冬弥の下半身にがちがちに入っていた力がゆる、と解けたような気がする。みっちりとガードを固められていたのが少し動ける感じがして、ゆっくりと、紅蓮は腰を動かしてみた。  痺れるような快感が、背筋をかけあがって頭を真っ白にする。  ああ、と声を漏らすと、きゅ、と締めつけが強まった。気を抜くとすぐ達してしまいそうだ。 「……いま、どのくらい、はいった」 「半分くらいかな……」 「うう……」  冬弥が一瞬本音を漏らしかけた。互いに笑いあって、もう一度深く口付けをする。  ず、ず、ず。まるで、奥へ迎え入れられるように、進みはじめる。力の抜き方を覚えはじめたか。 「上手だな」  わしわしと頭を撫でてやる。こくこく、といっぱいいっぱいの様子で彼は頷いた。  根元まで、入りきるのに、三十分くらいは要した。腰が尻たぶと密着したとき感激すらこみあげて、二人で抱きしめあった。しばらく動かずそうしていた。腕の中の冬弥の体が、大きく深く息を繰り返すのが、愛おしくてたまらない。ああ、これは食事ではなかったな、と紅蓮は今更に思った。獣みたいに一方的に貪り食うのは、違う。一緒にするのだ、共同作業だ。だから、こんなにも気持ちいい。  気持ちよすぎて、どうにかなりそうだった。抜き差しすれば一瞬で果てそう。  けれども意外なのは、快感で理性が焼き切れかけても、残るのは乱暴に快感を追おうという欲望ではなく、大切な人を大事にしたい、という、その本能のほうだった。 「ごめんな、冬弥。俺ばっかり、気持ちよくて」 「ん……」  甘えるように胸にすがりついていた冬弥が、涙で濡れた目で、紅蓮を見上げる。  それから――ぐ、り、と、彼は自ら腰を動かした。  今にもイきそうで一ミリも動かせないと思っていた紅蓮のヒューズが切れるかと思った。こみあげるものをぐっと堪えた。 「……ん、っは、ぁ」  紅蓮のものに、いいとこを、押し付けるように腰を回して、冬弥はとろとろと表情を緩める。普段の利発さを完全にどこかへ置き忘れてしまった顔で。 「いっぱい指でれんしゅ、したから……きもちい……かも」 「……お前さ……」 「ん……?」 「あんまり煽ると、痛い目見るぞ……」 「今見たよ、それは」  握っている手が、その指が、すりすり、と手の甲をかすめ、誘ってくる。  いつのまにこんなに破廉恥な、最高の恋人になってしまったのか。 「ほら、はやく気持ちよくしてくれ」  に、と笑う。  前言撤回。やっぱり優しくできそうにない。紅蓮は舌舐めずりをして応えた。

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