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恋しく慕わしい 16

『じゃあ、元気でな』 そう言って賢は通話を切り、俺は携帯を手にしたまま窓の外を眺めていた。 賢に出会った頃の俺は表面上は平穏を装っていたけど、内面は酷く荒れてズタズタだった。 家庭内は両親の不仲で冷えきっていて居場所なんてなくて、自分が他人とは違う性的思考を持ち合わせていることに悩み、和臣のことを好きでいることにも胸がはち切れそうに苦しい時だった。 あの時は全てに絶望していた。 青春なんて鮮やかなものもなくて、表現するなら大半が群青色で、周りにどれだけ人がいても孤独しか感じなくて、俺は一人で死んでいくんだって思ってた。 もしも違う出会い方をしていたなら、賢とも友人になれたのだろうか? ふとそんなことを思って、友人なら友人で鬱陶しいだろうなと思うと少し笑えた。 せっかく、手に出来ないと諦めていたものを手にできる距離にある。 まだ距離感に慣れなくて触っていいのかいつも戸惑ってしまうけど。 和臣が帰ってきたらちゃんと気持ちを伝えよう。 そんなことを思っていると荷物を持った和臣が帰ってきた。 「ただいま。どうした? そんなとこでボーッとして」 「別に。考え事してただけだ」 俺の部屋の玄関で靴を脱いでいるだけのことなのに、たったそれだけのことなのに暖かい気持ちになるのを和臣を眺めながら思った。

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