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アスタロト(序2)
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アスタロトと契約してから、この魔物は……悪魔は自分のモノといっても過言ではなく、かの悪魔自身も忠誠を誓っているので、一抹の不安はあるものの、誰のところへ行かない安心感と安堵感があった。
悪魔と契約するにあたって、裏切ったり叛逆の狼煙を上げ謀反されるならまだしも、他の契約者のところへ行き契りを結ぶのは、そう珍しくないことであるが、少年が青年へとその年齢を重ねていくうちに気付き、自覚したことなのであるが、自身と契約した悪魔・アスタロトは自分に忠誠を尽くしているのではなく、何かしらの誓い――ともすれば制約とでもいえる掟に従っているようにしか感じられなかった。
悪魔特有の向上心――裏切りと云う気配は微塵も感じない。だが、青年に忠義を勲立てているというわけでもない……。
その考えは疑惑となり、疑惑は確信となって、遂には嫉妬という独占欲が青年のこころを満たし始めた。
推測するところアスタロトが己自身に従う理由は、先祖たる大魔術師・モージが深く関与関係しているようにしか思えない。魔術書と云い、指輪といい、総合的かつ客観的に考えてそう結論付けるのが当然であろう。
青年は魔法学園にある、沢山の蔵書が取り揃えられた図書室にて深い溜息と憂うような嘆息を隠すことなく、息を吐くのであった。
青年の中にあるのは魔術を専門専属的に取り扱った学園であるだけに、術技や技法、筆記試験などにおける学生特有の悩みではなく、アスタロトのこころを掌握したいという心持ちで一杯だったのだ。彼の悪魔は他者のこころが分からないので青年の内情など感知し予感し察知していないだろうが、正直に心境を打ち明ければ、どのような反応が返ってくるのか想像する間でもなく分かる。
嫌がられ嫌われて契約を打ち切られることは決してないだろうが、一笑に付す反応が易々と想像できたのであった。
青年は春特有の柔らかな日差しを窓辺から受ける中、その様子は絵になるものであり、その場面を目撃した幾らかの生徒が色めき立ったが、彼は一切気に掛けることはない。
外野で鳥が囀っている――という表現ではなく、雑踏の声など無心の一言に尽きるのだ。
正味な話、青年はアスタロトが召喚当時出会って間も無く、魔力の暴走の件はあったものの老年期に至ってようやく大悪魔を召喚できた魔術師・モージよりも魔法の才能があった。学園内でただそれだけで注目に値する要素であるが、有名人として更に拍車を掛けるように青年の容姿の方も優れていた。
柔らかさを感じさせない冷徹さ。傲慢に振る舞いながらも自信を感じさせる堂々たる仕草。優雅な佇まい。
どれを取っても、どの部分を切り離してもこの青年に非の打ちどころはなく、自然学園内で注目の的になるのは当然のことであった。
青年は『惚れ薬』に関する幾つかの書籍を見繕った後その室内を出、廊下から中庭の方に出た。燦燦と輝く……とまでいかないが、まるで待ち人を待機しているかのように憩いの場の中央にある花壇近くのベンチに腰掛けているアスタロトの存在を見て、胸が高鳴り必要以上に色眼鏡を掛けるように殺風景な風景が色鮮やかになるのは仕方のないことであった。
長年、出会って間も無く懸念して来た相手だ。どうしても、どう足掻いても好いように相手を捉えてしまう。
青年は速足になりながらアスタロトの傍に近寄るのだが、その道中にして途中、一人の男子生徒にぶつかってしまった。
「気を付けろ!」
青年は相手が大人しい、もしくは活発の有無に関係なく高飛車な態度で己の不注意で肩が衝突した失態を責任逃れするように厳しくも荒々しい声で叱責する。無名の学生生徒は青年が有名人で非凡なる才能を有した天才であることを察知して平謝りするが、謝罪が申し出される頃には路傍の石ころに対するような態度で、たったの一瞬にしてその存在を忘れたのであった。
「アスタロト」
彼の頭の中にはもう横恋慕する悪魔の姿しかない。
アスタロトは名を呼ばれて初めて主人の姿に気が付いたのか、目線を向ける。視線が差し向かれるといっても、目元にはサングラスを着用しており本当に契約者の姿を見ているのか分からない。この黒眼鏡の役割は変装といったものではなく、白目が黒くなっているアスタロトが吸血鬼のように日光に対して灰になるほどのものではないにしろ、目の痛さを訴えるのが原因だった。
そもそも青年が通っているこの学園は彼に限らず、使い魔をお供に行動しているのがスタンダートだ。とはいっても大悪魔を連れ添っているのは彼ぐらいなもので、他の生徒は下級悪魔を多く従えさせていた。
「……戻ったか」
「ああ、学生の義務とは云えども授業内容がつまらなくて退屈だった。あんたに早く会いたくて仕方がなかったよ」
青年の云うことは嘘ではない。半分以上が本音であった。
先程、この学園内において生徒の多くは悪魔と共に行動しそうして共同生活をしていると述べたが、そのほとんどがランクの低いものである。それゆえ、大悪魔であるアスタロトは学校のルール上、青年と一緒に授業に参加したり、休み時間など共にいても構わないのであるが、高名な悪魔であるだけにそのつもりがなくても他の魔族をただその場にいるだけで委縮させてしまうので、非公式ながらも正式に出禁になっていた。
アスタロトは学園側の措置に異を唱えるつもりなどないが、青年の方はむしろ逆の意見で、どうにかアスタロトと長く時間を過ごしたいがために喧々諤々の反論をしたが、いくら優秀な生徒とは云えども立場は学ぶ者であり、青年とは言えどもそうして成人していない子供だ。意見は一切覆ることはなかった。
だから、アスタロトはいざと云う時のため、絶対守護すべき契約者に他の魔なるものが危害を加えないか身を守る必要があるのだが、かなり譲渡した借地として敷地内での滞在は許されているのである。大悪魔の契約者に悪意や害意を成すものは惧れ多くて出来ないし、やらない、そうして行なわれないように思われがちであるが、悪魔の反逆精神の反骨性を考慮すれば十二分にあり得るのだ。
悪魔とは、契約者と交わした内容――法の疎漏を絶え間なく考案し、利益を掠め取る性質を持つ。
斯様な存在が果たして、アスタロトのマスターに一切何もしないと絶対に云えたものではないのである。
「授業はつまらんか……確かにお前ほどの才能があれば、教科書を読む間でもなく何をするか説明を聞いただけですぐに会得してしまうからな。見る必要もなく、アッサリと未知の魔法を習得してしまうのだから確かに面白くはないのだろう」
「最早ルーチンワークみたいなモンだよ。ベルトコンベアーで繰り返し運ばれていく出荷物の定期チェックしているような感慨だ」
そんなことより、アンタの魔法を教わりたい。
青年は自分の住処である寮室に帰るよう促しながら、『媚薬』の製造法が載った本を俄に強く握り締めるのである。
青年の……どことなく急かすようなマイルームへの直進にアスタロトは何か云いたいことがありそうに、口を開きかけたものの結局何も云うことなく、大人しく青年に従う。
青年がこの魔術学園に入った時から半ば入り浸りになっている個人ルームは五年以上同じ人物が部屋の主になっているだけあって、年季の入ったものになっていた。
青年はアスタロトに見つからないように図書館から借りた魔術書を早々に隠すように仕舞い込み、水差しとコップを取り出し、ベッドに腰掛けたアスタロトに向き直る。アスタロトはサングラスを取り外し、少し崩れ掛かった後ろに流していた前髪の手入れを軽く行っているところだった。その何気ない、身嗜みを整える仕草と動作であるが、青年は本来服装や見た目といった外見にひたすら無頓着そうな存在が、そのような行動を起こしていることに、苛立ちを覚える。
その小さな、嫉妬を根源とした怒りの正体を述べるなら、何者かがアスタロトに「せめて前髪だけはセットするよう進言し、その言葉を素直に聞き入れたのではないか」といった、身勝手な怒りである。
だから青年は水差しの中身を容器に注ぎコップを手渡しながら、「今日のご飯はこれで良いよな?」と日常会話を行う。
「ああ。私の基本的栄養摂取は睡眠だが、偶には水であっても顕現している以上、何かを摂らなくてはな」
この云い分はアスタロトが思念体という固有の存在になったから生じた食事制限などではなく、神であった頃の時代から、あまりモノを食べなかったことが原因となっている。胃をはじめとした消化器系はほとんど機能していないのだが、油の切れたブリキのようにギリギリ稼働している状態であるのだ。
青年からコップを受け取ったアスタロトはコクコクと咽喉を鳴らして飲み水を摂取する。男らしく出張った咽喉仏に青年は眩暈のような魅了を感じて、咄嗟ではなく計画的に拘束用の紐を手早く取り出しアスタロトの両腕を縛り付けた。この行動は媚薬を飲ませた後、実行する手筈であったが、青年が年頃であることと、前髪を整える仕草に自分ではなく魔術師・モージに強い誓いのようなものを立てていることに我慢が出来なくなったのである。
「……若いな」
アスタロトは狼狽する様子もなく、両腕は頭の上に固定され臥所に押し倒されて馬乗りになり、雄のような顔で馬乗りになる青年を見上げながら云う。このような奇襲は契約を交わした直後から幾度となく行われたもので、さすがに慣れた風体がそこにあった。
「だって、お前はいつも誰かを通していつも俺に接してくるんだもん。さすがに我慢の限界というか、そろそろアンタを我が物にしたい。俺にだけ忠誠を誓ってくれ……!」
哀切し裂帛する、魂からしわぶきの血を吐くような悲痛な声。
だがしかし、アスタロトの表情は一切変わらない。そのかんばせの意味は、青年の先祖であるモージに勲を立て、その魔術師が同じような……ではなく、少しでも淫靡な気配を見せれば、男色に興味のないアスタロトてすぐさま応じていたことだろう。
それが単なる性欲処理としても……。
青年は魔法学園の日常でよく見せるどころか、標準的な傲慢な態度になりながら舌なめずりをする。そうしてアスタロトの胸に熱い手の平を宛がい、ススッ……と静かに腹から下へと下り、そうして股の間の股間に至った。
元は女神であるアスタロトであるが、幾星霜男性として振舞っていただけに股座にあるのは立派な男性のモノである。青年は形を確かめるように触れる中、徐々に頬を紅潮させていった。そこにあるのは恥ずかしさではなく、今から行われる先の行動を想像して昂っていたのであった。
「…………」
特に逆らうこともなく好きに触らせる中、アスタロトは天井を見上げる。一種、観念したかのような態度であるが、彼は別に大人しく契約者の意に沿って頭上の染みを数えるなどといった殊勝な考えがあるわけでも、若い人間の子供に対して気紛れ的な一時の優しさを見せているわけではないのだ。
「もう、良いだろう?」
半勃ちにもならない、戯れのような触れ合い。
飽きれたような口調で全てが未遂ながらも、幾度となくこういった目にあってきたアスタロトとしてはこれもまた日常で、青年の言葉ではないがベルトコンベヤーで運ばれる品物を検品するような無味乾燥の感慨しかないのである。
アスタロトは青年の言葉と反応を待つ間でもなく、以前と比べて聊か拘束にして捕縛の技術が向上している縄を容易く引き千切り、自由の身の上になった。青年はこの展開を予想していたのか、特別落胆した様子もなく、無言で馬乗りになった態勢からオズオズと引き下がるのであった。
「全く、これで何度目だ。拘束用の魔道具が研鑽されているのは良いものの、物好きな」
「避けることもできるだろうに、俺の道具開発の技術に身を以って味わい評価してくれるのは嬉しいよ」
青年はそう云いながら思うのは、『次もチャンスがある』という可能性を見出した希望である。アスタロトが紐を近くのテーブルに束ねて置く中、怜悧な思考を発達させ、魔法が使えないノーマル人種の性玩具を試していなかったことを思い出すのだ。
アブノーマルである魔法使いでも、機械類の入手は非常に簡単だ。
アスタロトはどういったものがお気に示すのか悦しい想像をしながら、無表情が善がり狂い崩れ去る様に幼い時とは違って明確に、下腹部のどこか重量のある熱を自覚したのであった。
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