52 / 53

第52話 コトミの攻撃

「大丈夫。かすり傷ばかりだから……」  俺はそう言ったが、剣が来てくれた安心感からか、今になって体が震え始めている。  剣はそんな俺の頭を優しく撫でてくれながら、コトミさんに最後通告をする。 「コトミ、何回も言ってるよな。俺たちはとっくに別れたんだ。俺にとっておまえの存在は迷惑以外の何でもない。俺が今愛してるのは、信一だけだ」  すると、今まで不気味な薄笑いを浮かべていたコトミさんの顔から、スウと表情が消える。 「どうしてそんなこと言うの? 私たち運命の相手じゃない。好きだって言ってくれたでしょう?」 「……それは、もう過去のことなんだよ……コトミ」  俺は剣の背中に守られながら、二人の会話を曇る心で聞いていた。  剣もコトミさんもお互い愛し合っていたときがあって。  でも、今はそうじゃなくて、コトミさんだけが一方的に剣が好きで。  コトミさんが剣にしているストーカー行為は許せないとは思うけれども。  ……俺だって、剣に振られたらコトミさんみたいになってしまうかもしれない。  俺と剣、二人の恋が永遠に続くとは限らないのだ。  もし、自分がコトミさんの立場に立たされたら……。  そんなふうに思ってしまい、剣の背中から少し顔を覗かせた瞬間、まともにコトミさんと目が合ってしまった。  するとコトミさんが憎悪にこもった声で言い放った。 「そのガキの所為ね。こいつが剣を誘惑したんでしょう? 男のくせに……。純情そうな顔してとんだビッチじゃないの!!」 「信一のことを悪く言うな!」 「……分かったわ、剣。でも、そのガキにあなたは渡さない。絶対に」  コトミさんはカッターナイフを握りなおすと、剣に向かって重ねて言う。 「剣、一緒に死んで」  そして、剣の方へと飛びかかった。 「危ない! 剣!!」  俺はとっさに剣の前に飛び出ていた。  次の瞬間、腹部に熱い痛み。 「信一!!」  俺の体を剣が支えてくれるが、その手が血で染まっている。 「剣……血が……どこかケガしたの? 剣」 「馬鹿!」  初めて見る剣の泣きそうな表情を見て、俺は自分が刺されたことにようやく気付いた。  カッターナイフとはいえ結構頑丈な作りのものだったので、俺の脇腹に見事に刺さっている。  でも、それほど痛みは感じなかった。  だから、俺は、 「大丈夫だよ、剣、これくらい」  と言ってカッターナイフを抜こうとして剣にすごい剣幕で怒られた。 「だめだ! 信一!! ナイフ抜いちゃ出血するぞ。救急車呼ぶからそのままにしとけ」  救急車はすぐにやって来た。  俺をストレッチャーに乗せ、剣が一緒に乗り込む。  俺を刺したコトミさんは救急車のすぐ後に来た警察によって連れていかれた。焦点が合ってない目で虚空を見つめながら、 「剣は私のものなの……私の運命の相手なの」  と、呟いていた……。  救急車で病院に向かうあいだ剣はずっと俺の手を握っててくれた。 「ごめん……信一……俺の所為で……」  刺されたのは俺の方なのに、剣の方が余程辛そうだ。 「謝んないでよ。俺、剣を守れて良かった……」  俺の言葉に、剣は余計に辛そうな顔をしたのだった。    

ともだちにシェアしよう!