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第53話 恋人の苦しみ
コトミさんに刺された傷は幸いあまり深くはなかった。
医師には一週間ほど入院すればすっかり良くなると言われた。
ただ、剣の憔悴が酷い。
強く俺の手を握り、
「ごめん、俺、おまえを守れなかった……傍についていながら」
そう言って唇を噛みしめる。
俺は自分の傷なんかよりも剣の方が心配だった。
「何言ってるんだよ、俺が勝手に飛び出して、勝手に刺されたんだから自己責任だよ」
殊更明るく言ってみるも剣の表情は晴れない。
剣がこんなふうに自分を責めるなら、あのとき俺は剣を庇って飛びださない方が良かったのかな?
そんなふうにも思えて来るが、やっぱり俺も剣が傷つくのは嫌だ。
「剣、俺は守られてばかりじゃ嫌だよ。俺だって剣のこと守りたいんだよ……だから自分を責めないでよ」
「信一……」
それでも剣の表情は辛そうだった。
そのときバタバタと病院の廊下で誰かが走ってる音が聞こえたかと思うと、勢いよく病室のドアが開かれた。
「信一!!」
入って来たのは父さんとレイナさんだった。
「大丈夫か!?」
父さんは俺の傍にやってくると、叫んだ。
「大丈夫だよ、軽い傷だから、すぐに治るって。病院なのにそんな大声出すなよ」
部屋は個室だったが、父さんの声は馬鹿でかい。
父さんはひどく俺のことを心配し、剣を厳しく叱責した。
「沢口! おまえがついていながら、どうして信一をこんな目に遭わせた!?」
「申し訳ございません」
「ちょ、ちょっと待ってよ、父さん! 剣が悪いんじゃないよ。剣はむしろ被害者で、ストーカーに狙われて、俺が勝手に飛び出しただけ。剣は悪くない」
俺は必死に父さんの怒りを抑えようとした。
「それにだいいち剣は俺の秘書で、SPでもなんでもないんだから!」
しかし、俺が剣を庇おうとすればするほど、剣の表情は辛そうに沈んでいく。
やがて、言い争いをしている俺と父さんの元へ医師と看護師が現れて、注意をした。
「信一くん、落ち着いて。興奮するとケガによくないから。お父さんも息子さんはケガ人ですよ。騒ぐのはやめてください」
「申し訳ありません」
医師は俺と父さんに注意をしたのに、なぜか剣が謝りの言葉を口にする。
「どうして、剣が謝るんだよ!?」
まだまだ興奮が治まらない俺に医師は看護師に命じて鎮静剤を注射した。
ゆっくりと人工的な眠りに落ちて行きながら、俺が見たのはやはりすごく辛そうな顔をした剣だった。
それを見て、俺はすごく不安な気持ちになった。
このまま剣がどこか遠くに行ってしまいそうな予感がした。
「け、ん……」
だが、強い眠りの誘惑に勝てずに、俺は意識が遠くなっていった。
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