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第1話

東京 新宿歌舞伎町 何もない殺風景な部屋で目覚める。 時計を見ると14:00 そろそろ起きて支度をしないと…オレはまだハッキリしない意識の中バスルームに向かった。 足元に服が絡む…昨日脱ぎ捨てたまま寝たせいだ… 今週も洗濯物を溜めてしまっている。 そろそろ着る服が尽きそうだ… 脱衣所で部屋着を脱いでシャワーを浴びる。 冷たい温度から温かくなるまでオレは待てなくて、いつも鳥肌を立てる。 シャワーから上がり、洗面の鏡を見る。 そこには切れ長の目の赤い髪のオレ。 歯ブラシを手に取り口に入れる。 今日は嫌な客がいなきゃいいな… ぼんやりと外を眺め歯を磨く。 日も暮れた頃、家路を急ぐサラリーマン達とは逆にネオンの光る歌舞伎町を歩く。 三叉路にある和洋折衷の歴史を感じる建物。 正面の入り口を入り、エントランスの支配人に挨拶をする。 「シロ、今日もよろしくね」 脇にある階段を地下に降りる。 もう何年通ったかな… ここはオレが働くストリップバー。 オレはダンサーで一晩に3回ショーをする。 男のストリップは各方面から結構需要があって、男女共に同じ割合くらいの客で毎日店は繁盛していた。 オレは地下の従業員用の控室に入ると鏡の前にメイク道具を出した。 さあ、オレの質素な顔に色をつけないと… オレがここで働く様になったのは2年前。 17歳で家を出て学歴も資格もないオレにとって就職活動なんて違う世界の出来事だった。コンビニのバイトをしながらなんとか繋いで生きてた。 そこに支配人が客で来て、オレに声をかけてくれた。ストリッパーにならないかってね…。 今考えても踊ってもいないし服も着ているオレを見て、よくストリッパーにスカウトしたよな…と不思議に思う。けど、支配人の予想は当たった様で、オレはすっかりこの店の花形ストリッパーになったって訳だ…。 「シロ…アイライン貸して…」 同僚ストリッパーの智が声をかけてきた。 オレより2つ年下で訳ありの家出少年だ。 ちゃんと戻してね、と伝えオレは衣装に着替える。 ストリップバーとはいえショーの合間、オレも一応店に出る。ホステス、ホストを半々に揃えたこの店はゲイの客もビアンの客もノーマルの客も入り乱れる。本当、派手で無節操な世界だ。 オレはきっかり19:00に店内へ向かった。 ストリッパーのオレが店内へ移動するときはまず控室前の階段を上に上がる。そしてエントランスに出てからお客さんと同じ入り口を使って店内に入る。 本当は控室のカーテンからステージに出ちゃうのが一番近道なんだけど…これをすると支配人が怒るから真面目にこのルートで行く。 この店は一階部分にエントランスがあるんだけど、エントランスから店内に入ると中は地下と一階がぶち抜けで繋がっている天井の高い空間になっているんだ。入り口を入り、階段で地下に降りていく。右手に見えるステージの上にはポールが一階の天井まで通っていてオレはこれに掴まって踊るのがお仕事だ。 ステージ前には小さな背の高いテーブルと椅子が5セット置いてある。ステージと向かい合う様にDJブースがあり、その隣には中二階に上がる階段がある。中二階にはカウンター席があって、カウンターの中には支配人と同年代のマスターがいる。 店内奥に進むとソファ席が4セットあるが、こちらは主にホステス、ホスト目的の客が利用しているかな。 カウンターでマスターにビールをもらって飲む。 早速常連のお客がオレを呼んだ。 「ねぇ、今日はいつ上がるの?」 席に着くや否やそう尋ねられ、返答に困る。 オレはステージでは派手だがそれ以外は結構面白くない男だ。 「ん~、まだ分からないよ…」 適当に返すも客は不満そうに体を揺らして唸った。 気を取り直して飲み物を頂いて乾杯をする。 ねぇ、オレに会うために一生懸命化粧をしてその服を着てきたの? その高そうな時計は誰のお金で買ったの? 口には出さないけどそんな言葉を心の中で囁く。 「ねぇ…シロの事本気で好きだよ…」 そういうの、本当にしんどいよ… オレに何を期待してるのか… オレは仕事で脱いでるだけで、もともとふしだらな訳じゃないよ。 旦那も居て歳もいってる人を金目当てでたぶらかすほど金にも困ってない…。 だから、そういう事言われると本当にうんざりするんだよ… 「もういくね…」 そういってオレは席を立った。 面倒くさい…誰かに頼られたり、縋られたり、期待されることが面倒くさいよ。 その点でこの仕事はこうやって逃げることができるから、オレには向いているのかもしれない。 「シロ、そろそろバックに戻って」 支配人の声がかかる。 ステージにいる方がオレは楽だ。 ストリップと言ってもただダラダラ脱げば良いわけじゃない。踊りながら1番効果的な方法で魅せる脱ぎ方をするんだ。ポールも使うけど、あれも体の柔らかさと体幹を鍛えないと滑り落ちてしまうんだよ。お客のばらまくチップだって踊りながら拾いに行く。でもさ、こんな事本気で考えながら構成してるなんて、普通の人にとったら笑っちゃうよな…。 でも、ショーはショーだろ?やっぱりベストを尽くしたいじゃないか。 だからオレはめちゃくちゃエロく激しく演出するんだ。 男女共に興奮する様な踊りをしてね… 「今日はなんの曲かける?」 「んー、と客層からして男が多いから…ヘビメタ系でいこうかな…」 DJに自分の編集済みの曲をかけてもらう。 さぁ今日もやるか… 控室とステージを隔てるカーテンの前に立ち、オレは息を深く吐いた。 音楽が流れ始め目の前のカーテンが開く。 オレはステージに向かって歩き出し、踊りながら店内を観察する。 いつの間にか満席だ。 ハードな曲で派手に踊りながら服を脱ぐ度に歓声が上がる。 羞恥心なんて初めからなくて、オレはオレを観て喜ぶ客がいる事が面白くて仕方なかった。 チップを咥えた客がステージに仰向けに寝転がる。 オレはそれを口で受け取る。 だいたいこの時点でのんけかゲイが分かる。 ゲイの客には吐息を付けて、のんけの客には笑顔で貰う。 大体いつもお決まりのパターンだ。 「シロ、今日アフター行ける?」 仕事を終えて帰宅しようとエントランスの前を通ると支配人に声をかけられた。 「いや…オレそういうのやらないよ。知ってるでしょ?」 オレはアフターとか同伴出勤とかはしない。 客とは店で会い、それ以外は関わり合いたく無かったからだ。 仕事後も用が無ければさっさと家に帰る。 そして明日また同じようにここに来る。 毎日その繰り返しだ。 「シロ…お願いだよ、今回だけ特別アフターして…」 支配人はそう言うと両手を合わせて頼み込んでくる。 良い予感がしないよ… 「掘られたら辞めるから…」 そう言って引き受ける事にした。 というか、断りきれなかった… 「誰なの?」 オレの問いに、外で待ってる白のリムジンに乗れと支配人が言う。 リムジン…?マジかよ… 「マジで掘られたら辞めるから…」 オレはそう言って外に停めてあるギラギラした歓楽街に不釣り合いなリムジンに向かった。 オレが近づくと車の横に立ちんぼしていた運転手がドアを開けて無言で促す。 …ったく、なんなんだよ。 オレは外から車の中の様子を伺った。 誰かの足が見える。張りのあるスーツの生地、座って足首があの程度出る丈ってオーダーメイドだよな…絶対金持ちだ。 オレは意を決して車に乗り込んだ。 これ、テレビで見たことあるよ…て感じの車内には所謂初老のイケメンが座ってオレを迎えた。 「オレ、あんたの事知らないけど…」 人の顔を覚えるのは得意な方ではないけど、こんな金持ちオーラの出た初老のイケメンなら見たら覚えてるはずだ…だってキャラが濃すぎるだろ? 訝しげに眺めていると、相手もオレのことをまじまじと見てくる。 わずかに初老のイケメンの目の奥が怪しく光るのを感じて体が緊張した。 …なんなんだよ、いったい。 「急に申し訳ない…実は君にお願いがあって個人的に話したかったんですよ。」 初老のイケメンはそう言うと胸ポケットから一枚の写真を取り出してオレに渡した。 「…」 渡された写真に写るのは笑顔のかわいい好青年。 「すいません、話の意図がわからない…具体的に話してもらえますか?」 オレは渡された写真を返すとそう言った。 「今のは私の息子で、君には息子を誘惑してもらい、今付き合ってる女性と別れさせて欲しいんですよ。」 だいぶ話が具体的になってきたけど、なんでオレ?って疑問がその先の話を聞き漏らす。 「息子さんゲイなんですか?」 とりあえず疑問を解消させてくれ。 「いや、息子は多分ゲイではないですね…」 なにそれ…意味わかんないよ。オレは途方に暮れる。 ゲイじゃない息子の別れさせ屋に男を使おうと思うこの父親の意図がつかめない。 「君がよく似てて…息子がかつて想いを寄せていた人に本当によく似てるから」 オレはその人の性別が知りたいよ… 「その話、受けたら何かオレに得なことってあるんですか?」 支配人のお願いだから話を聞いているものの、なんだか面倒な事に巻き込まれそうだ。それなりの見返りは期待してもおかしくないだろ。 「先に200万、成功したら更に500万出そう。」 なんだ、その大金…聞いたこともない。 オレは金額の大きさに警戒した。 怪しい、怪しすぎる…。 「オレあんな格好して脱いでますけどゲイじゃないんですよ…。男相手にした事もないし…成功率低いかもしれないですよ?」 オレは成功しなかったときのために言い訳をあらかじめ伝えておいた。 いや…とオレの話を否定して初老のイケメンが言う。 「ひと目君を見ただけで、絶対息子は君に惹かれるだろう…」 なんでだよ…。 「はじめに200万、オレに惚れさせて女と別れたら500万。これで良いですか?」 面倒なので詳しくは聞かない。 どうせ落とせないだろうし…とりあえず支配人の顔を立てて話に乗る。 200万もらえるんだから調子を合わせておけば良いだろう。 「よろしく…詳しくはこのファイルに書いてあるから息子に会う前に目を通しておいて。」 話がまとまると車のエンジンがかかりウインカーを上げて動き出した。 男性から大きな袋を手渡され中を覗くとA4のファイルが2冊入っていて下の方に布に包まれた重たいものが入っていた。 中を漁ると現金の束だ。 あぁ、マジかよ…。なんだか犯罪の臭いがする。 車はあっという間にオレのアパート前に着いた。 なんでオレのアパートを知ってるかは聞かない、怖いから。 オレはリムジンを降りて車が立ち去るまで見送った。 一体なんなんだ…

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