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第62話
「え?ゲイが踊るストリップバー?無理です!無理です!」
こんなにしつこく誘われるのは、俺が所謂…九州男児で、ゲイなんて気持ち悪いと言ったせいなのは百も承知だ…。
だが、本当の事を言っただけだと思っている。
転勤に転勤を重ねて…今俺は大都会東京で働いている。今日は新任の歓迎会で新宿で飲み歩いていた。ある先輩が言い始めた、二丁目の有名なストリップバーの話。数あるストリップバーで飛び抜けてそこのゲイの子が有名だと。今日、ちょうどその子が踊るから見に行くと、そんな流れになっている。
「いや、先輩…申し訳ないですけど、俺は男の裸はいつも風呂場の鏡で見てるので結構です。出来れば女性の裸が見たいです。」
俺が言うと先輩は笑って言った。
「あの子はどの女よりもエロくてかわいい!」
俺の先輩はゲイなのか?
既婚者で子供もこの前産まれたと聞いたぞ?
とにかく行ってみよう!と半ば強引に連れて行かれた。
このことは地元の友達には絶対言えないな…
三叉路の中途半端な土地に建つストリップバー。
…派手な電飾はなくシックで落ち着いた雰囲気に緊張して酔いが少し覚める。
「こっちだよ!」
手招きされて受付でチャージ料を支払う。
「チップはどうなさいますか?」
初老の支配人が上品に尋ねてきた。
そんなチップなんてシステムを知らない俺が戸惑ってると、先輩が横から1万円分、と言った。
俺の財布からこんなおもちゃ銀行の御札みたいなものの為に1万円が消え飛んだ。
店内に入ると中は上下打ち抜きの構造になっていて地下に階段で降りる様になっていた。下まで降りると天井が高く店内の中央を占めるステージには地下から1階部分の天井までポールが1本立っている。
これってこんなに高いんだ…
大都会の入っちゃいけない異空間に迷い込んだ気持ちで、背中を丸めて先輩の後に続く。
ステージ前の席に座って先輩が俺を手招きした。
こんな真ん前?女でも恥ずかしくて見れない距離を、男を見るために座るなんて…絶対先輩はゲイだと思った。
ビールを飲みながら先輩と仕事関係の談笑をしていると、客の席を赤い髪のスタイルのいい男の子が歩いて回るのに気づいた。細いのに貧弱じゃない体つきはなんと表現するべきか…知らないうちに彼を目で追っていた。
俺の視線に気がついたのか目が合ってしまった。
逸らして誤魔化しきれない長さで見つめてしまった…
男に目を奪われるなんて…場の雰囲気に完全に飲まれているとしか思えない。
先輩に動揺を気づかれないように普通を装って話かけていると、その子が俺の傍を通り過ぎて行く。
ゾクっとした…
通り過ぎるほんの一瞬だ。
俺の目を見てニコッと笑ったんだ。
あっという間の出来事で頭がついてこない…
誘われてるの?
コレってあっちの道に誘われてるの?
でも、あの子なら…いや、俺は違う!
店内が暗くなってステージにスポットが当たる。
「くるよ…シロ!」
先輩がそう言ってステージの奥、カーテンで覆われた出入り口を見つめた。
白い手が見えてカーテンを開いて、現れたのはさっきのあの子だった。ステージの中央に来て周囲の客を一通り見渡した。
立ち姿がまた艶やかで艶っぽく目を奪われる。
ふと視線を向けて俺を見てる…
その目が笑いかける様な目で釘付けになった。
音楽が流れ始めて踊り出す彼からさらに目が離せなくなる。
しなやかに伸びる手は長いのに余りの無い弾力のある動きをして鮮やかだった。
普通にダンスの上手い小慣れたステップを踏んだり、アクロバティックな技を決めるから、普通にかっこよかった。ストリップなんてクネクネして服を脱ぐだけ、という俺の偏見はすぐに消え去って行った。
そして彼は勢いよく踏み込んでポールに飛び乗ると、あっという間に上の方まで華麗に登った。あんな事、出来るんだ…綺麗だ。
周りを見るとチップを持った客がステージにゾロゾロと集まってくる。
体を仰け反らせて回る姿が妖艶で、この世のものとは思えない美しさに息を飲む。無重力の様な…宙に浮いているような錯覚さえ覚えてしまう程、彼は上手にポールを使って踊った。
ハラリと上に来ているものを脱いで上半身が見える。
自然と彼の乳首に目がいく自分に喝を入れる。
立派な胸筋じゃないか…間違いなく男だ!
男だとわかっているのに…何故だ…
目が離せない…!!
ポールを降りた彼は笑顔で俺たちの前でおもむろにズボンを脱ぎ始める。
俺を見て誘うように体をよじらせて口を開けて喘ぐ。
やばい…見ちゃダメだ!一瞬目を逸らす。
そのまま四つん這いになって腰を振る。
やばい…見ちゃダメだ!
また目を逸らす。
ズボンをスルリと脱ぎ捨てて、体を露わにして美しくポーズを取った。
その姿はシルエットは細いのに何故か堂々とした貫禄を感じた。
ステージに客が集まってチップを咥える。
中にはステージに仰向けになる人もいる!
あんな事していいの!?
戸惑う俺に先輩が言う。
「ほら、お前もやれよ…1万円のチップなんて、喜んで食い付いてくるよ?」
マジか…
俺は口にチップを挟んで立って彼を待った。
次々と他の客が取られる中、1人ポツンと残された…あれ?気付いてないの?
そう思った時、あの子が俺の目の前に来て手を差し伸べて笑った。
そのまま手を掴むと、あんなに細いのに俺を軽々と引っ張り上げてステージの淵に座らせた。
「こんなに沢山くれるの?…嬉しいよ…」
俺の体を跨いで座り、触れてはいないものの完全に前向き抱っこの格好になり焦る。
近すぎる…!!
「いや、これは…流石に…」
避けて逃げようとする俺を抑えるように顔を近づけてくると、小さな声で耳元に囁く。
「さっきからずっと見てるよね…オレのこと気に入ったの?…ねぇ、嬉しいよ…ありがとう。」
いやらしい声色とほのかに香る良い香りに顔がカァァッと熱くなってのぼせる。
そのまま押し倒されて俺を見下ろす彼を凝視する。
恍惚とした表情で舌舐めずりする様に可愛い舌をペロリとした。
「こんなに沢山くれるなら、うんとサービスしないとね…」
「普通でいい…!」
俺が焦ってそう言うと、驚いた顔をした後クシャッと笑顔になって、分かったよ…と言った。
その笑顔がまた可愛くて頭がボーッとする。
顔を近づけて息のかかる距離までくると俺の顎から唇まで舌を這わせる。
普通で良いって言ったのに!!
そのまま口に咥えたチップを吐息をかけながら柔らかい唇で挟み取った。
気付くと何故かステージの方に移動していて、もう俺の膝の上に彼は居なくなっていた。
「シローーー!エロいぞーー!!」
他の客の歓声が聞こえて、自分がストリップバーに来ていた事を思い出す。
ほんの一瞬だが音が聞こえていなかった事に、自分がどれほど集中していたのか思い知って焦る。
放心した俺を先輩が引っ張り下ろしてくれた。
「お前、凄い気に入られたな!」
そう笑う先輩は顔を赤くして興奮していた。
「どうだ?凄かったろ?」
ショーが終わり通常モードに戻った店内。先輩が嬉しそうに俺の顔を覗いて感想を聞いてくる。
「た、確かに凄かったですけど…でも」
「でも?」
不意に後ろから声を挟まれ、振り返るとあの子が俺の後ろに立ってこちらを覗き込んでいた。
先ほどとは違いスッピンなのか、幼い印象でラフな半袖半ズボンを履いていて、白くて滑らかな肌は触れてみたくなる妖艶さが滲んでいた。
「あ…」
「あれじゃ…やっぱり物足りなかった?」
「シロ、何か飲む?」
「え?奢ってくれるの?嬉しい。じゃあビールちょうだい。」
固まって動けなくなる俺を尻目に、先輩の肩をツイッと指でなぞりながらステージの淵に座って足をブラブラとさせながら俺を見る。
「今日はどんな関係のお友達で来たの?」
「え……っと、仕事の先輩と……」
「仕事の先輩なの?じゃあこちらのお兄さんは少し偉いんだね。」
俺が辿々しく話すと、また可愛い笑顔で笑いかけてくる…なんだ、これ…胸がドキドキしてる自分に気付いて視線を外す。
「シロ、今日は彼氏来てないの?」
先輩が慣れた様子で彼に話しかける。
「今日は大勢で来るはずなんだけど…まだみたい。だから、それまで一緒にいても良い?」
あぁ…彼氏がいるのか…
残念がる気持ちを抑えて彼を見ると、先輩と楽しそうに会話していて俺からは視線を外していた。
何故か安心して空の飲み物に手を伸ばすと、彼のビールが運ばれて来た。
「いただきま~す」
そう言って俺のグラスと先輩のグラスにコツンとあててビールを仰いで飲んだ。
飲んでいる様子をぼんやり眺め、喉仏の動きをじっと見つめる。
綺麗な首筋…女より滑らか…
「あ、シロ…。こいつお前に惚れたわ。」
俺を指差して先輩が言うから、俺は慌てて否定した。
「いやいやいや…それは無い!この子は確かに可愛いけど、男の子で喉仏だってあるし…ねぇ?」
俺の言葉を先輩はニヤけながら見て、彼は興味なさそうに遠くを見ていた。
そんな顔するなよ…
「お兄さん、男でも女でもエロい奴には勃起しても良いと思うよ?せっかく産まれたんだから、女だけしか抱かないなんて勿体ないよ?」
顔をこちらに向けてそう言うと、俺の空になったグラスに氷を入れてお酒を作り始めた。左手首の黒い2連のブレスレットが白い肌と対比して目立った。
「俺、シロなら絶対最後まで出来ると思うわ。」
先輩が顔を赤くしながら彼に言うと、うふふと笑って先輩のお酒を作り始めた。
「別に…勿体ないとは思わないよ…ただ…」
「やり方が分からないの?」
「そうじゃなくて…」
「あ、来た!」
話の途中なのに上の方を見て手を振る彼。
視線の先を見ると顔面偏差値の高い4人組が居て、その内の1人がこちらを見て叫んでいた。
「シローーー!!会いたかったぞ!!俺のシローー!」
彼を振り返るともうさっきまで座っていた場所に姿はなく、テーブルに作りかけの先輩のグラスが置かれていた。
「あー…行っちゃったな。でも話せるなんてラッキーだな。しかもお前は気に入られた。」
超絶美形の男に飛びついてキスしてるのを見る。
舌の絡んだいやらしいキスを惜し気もなく見せつけてくる。
あんな風にキスするんだ…
あれが彼氏?
「あのおっきい人と次におっきい人が本命で、あの美人は外国で働いてんだって。帰国して会いに来たのかな…。あの紅一点はビアンだって聞いたから…まぁどれも俺たちには関係ない人達だな。」
彼から目が離せなくてずっと見てしまう。
先輩のファン情報だけ鮮明に耳に入るのは何でだ…
彼が団体をエスコートして俺達の後ろを通っていく。
俺は視線を外して先輩を見た。
先輩は俺を見てニヤけて笑ってる…なんだよ。
「あの、のんけのお兄さん。オレに惚れたんだ。大好きだよ!また来てね!」
通り過ぎざま、そう言って彼は俺に手を振ると、可愛い投げキッスをして向こうへ行ってしまった…
「すごいなぁ、お前相当気に入られたな。大好きだって…羨ましいな。ワンチャンあの彼氏軍団に入会出来るかもしれないな。」
感慨深く頷く先輩に俺は呆れた顔をして言った。
「俺はストリッパーになんて惚れませんよ!」
「嘘つけ!ゾッコンだろ?」
「は?それは先輩でしょ赤ちゃん生まれたばかりなのに、男に感けてないで早く帰って奥さん手伝わなくて良いんですか?」
「はは、痛いとこ突かれたなぁ~!」
「ほら、もうこんな時間だ。帰りましょう?」
「ん、そうだな。今日はシロも席に着いて良い事あったから、カミさんも機嫌良いかもしれないな。」
先輩と席を立ち出口に向かう。
階段を上り、後ろを振り返ると、カウンター席から彼が俺に手を振って笑っていた。
可愛い笑顔…
「シロ…可愛い…」
あんなに強がったのに…自然と手を振り返して口元が緩む自分がいた。
「タクシーで帰るわ!お前は?」
「俺はまだ終電あるんで、駅まで行きますよ。」
じゃ、と言って先輩と別れた。
もうすぐ12月…年末年始が来て、また1月が始まる。嫌だと思っても時間は止まらないし季節も待ってはくれない。
俺の事なんて置いてどんどん進んでいくんだ。
あっという間に過ぎていく日々に焦りはしないが、経過した時間分の充実感を何も得ていない事に気付いて途方に暮れる時間が増える今日この頃だ…
年齢のせいかな…先ばかり考えて絶望して落ち込んでしまう。
またシロに会いに来よう…
一瞬でもトキメキを感じた気持ちが忘れられない。
別に恋人になりたいとか…そういう気持ちは持っていなくて…ただあのダンスと彼を見る事がもしかしたら自分の癒しになるかもしれないと、気付いてしまったから。
明日も早い…早く帰って寝よう。
俺は駅まで小走りで向かった。
完
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