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episode1-3

 それからも北嶋とはそんな距離感で、たまに教室で話す関係だということは変わらない。特に何かがある訳でもなく、七月に入った。今年は梅雨明けが早くて、すでに蒸し暑いくらいだ。  ある日の学校からの帰り道、海沿いを歩いていると、後ろから名前を呼ばれた気がした。イヤフォンから音楽が流れていたから、はっきりとは聞こえなかったのだ。  振り向こうかなと思った時、ぽんと肩をたたかれた。北嶋だった。 「峰セレクト、聴きたい」  北嶋はイヤフォンを指さして、横の堤防にひょいと腰かける。そして、隣に座るようポンポンと片手で示している。もう片方の手には缶ジュースを持っている。  隣に座ると、「飲む?」とジュースを差し出された。すぐに「いい」と断ってしまった。間接キスだなんて、少女漫画みたいなことを考えている自分が恥ずかしい。慌ててしまって、別に聞くつもりのないことを聞いてしまう。 「オレンジジュースも飲むんだね」 「え? 飲むよ、それは」 「いつもイチゴミルク飲んでる」  学校の購買の一番人気の飲み物だ。 「あれ、うまいよなあ。そこの自販機には売ってないから、だからオレンジ」  そう言って缶ジュースをひとくち飲む。  たいしたことではないが、北嶋の癖を見つけた。  いつものパックのイチゴミルクを飲む時もそうだし、今もそうだった。ジュースを親指と中指で持って、人差し指が浮いている。  そんな小さな癖を見つけては心に()める。隣にいるのに何故だか苦しい。苦しいのに嬉しい。こんなおとなしそうな自分も、思春期の真っ只中にいるのだ。  夏の陽射しに照らされた北嶋を見る。 「聴かせて」  イヤフォンを片方渡す。違うアーティストの曲を聴いていたから、ヴァン・ブランを選んで再生した。ヴァン・ブランのフォルダの中をランダム再生したら、切ないラブソングが流れてきた。  消えていく後ろ姿  好きと つぶやいた  だけど あなたに届かない  届かない  潮の香りのする風が吹く。この夏がずっと続けばいいと思った。  一本のイヤフォンで繋がっている、今。けれど、ハッとした。気付いたら、隣に座る北嶋の小指と自分の小指が、触れるか触れないかくらいの距離で――でも、確かに触れている――繋がっている。  動けない。  離れることも、もちろん小指を絡めることもできない。  何曲聴いただろう。  すぐそこにある海は蒼かった。蒼すぎるくらいだった。  * * *  終業式を数日後に控え、帰りのホームルーム前の教室は、遊びの予定と予備校の予定の話でもちきりのようだ。  ふと目をやると、北嶋は何やら出欠をとっている。そして、こちらに近付いてきた。 「峰。夏休みにさ、クラスのみんなで花火やろうって言ってるんだ。峰も来ない?」  そういうイベントには、あまり興味がない。 「八月二十五日なんだけど。帰省してるやつらも帰ってきてる頃だし。でも、予備校があるとかで、けっこう来られないって声も多くて」  花火には興味はなかった。クラスの集まりにも興味はなかった。ただ、はしゃいで花火をする北嶋の姿を見てみたかった。 「予備校の予定見てみる……。あ、その日は休みだ」 「じゃあ、やろうよ、花火」 「……うん」 「花火は俺と中田が調達するから、海岸入り口に、夕方七時集合な」 「わかった」

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