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episode1-4

 夏休みになり、予備校が始まった。近くで一番大きな予備校だから、同じ学校の生徒も何人か通っているのを見かける。けれどそんなに親しい訳ではないから、すれ違えば軽く挨拶(あいさつ)する程度だ。  家の最寄り駅とは違い、駅前には大きなCDショップ、大きな本屋があり、つい寄ってしまう。それから駅のすぐ近くにファミレスがある。ガラス張りの大きな窓は、時間帯によっては日除(ひよ)けとしてローリングカーテンが下りているが、基本的には中が見える。  予備校に通いはじめて数日して気が付いた。そのファミレスで北嶋がバイトしているのだ。  帰ろうと駅へ向かう足が思わず止まった。  料理を運んでフロアを歩いている北嶋が見える。  ――勉強はしているのかな。進学はするのかな。 「あれ、峰じゃん」  立ち止まってファミレスを見ていると、クラスメイトであり予備校も同じ男子に話しかけられた。学校では北嶋と仲良くしているのを見かける。 「何見てんの?」 「あ、……あれ北嶋かなって」 「あー、そうだよ。夏休みになってバイト始めたって」 「そうなんだ」 「なんか、家が大変って(うわさ)じゃん?」 「え、知らないけど」 「お母さんだけの(かせ)ぎじゃ厳しいって噂。でもさ、スーパーでパートしてるらしいんだけど、最近そこの店長のお気に入りなんだって。お母さん、けっこう綺麗だからさ、だから時給も上がるんじゃんとか言われてる。ギリギリ女使える年齢で良かったよな」  あまりそういう噂話は聞きたくない。店長のお気に入りだから時給が上がりそうだなんて、明らかに誰かが適当に言った話だ。 「そこのファミレスの店長は女だから、北嶋も気に入られて時給上がったりしてな。親子で見た目はいいから。得だよなあ、ルックス良いやつは。それだけで人生うまくいくんだろ? ちょろくていいよな」  北嶋とは仲の良い友達じゃないのか? 陰でそういうことを言うなんて、悲しくなる。自分も含めてだけど、親に予備校に行かせてもらっている。事情はわからないけど北嶋は同じ時間に働いている。それを見て『ちょろい人生』だなんて言葉が出てくる神経がわからない。よく知らないけど、みんなそんなもんなのかな。 「あ、峰、帰るの?」 「ああ。じゃあ」  そんなつまらない話、友達ならするなよ、と言えない自分にも苛立(いらだ)つ。(かば)うことも守ることもできない自分は、結局こいつと同じだ。本当の友達じゃない。  北嶋は明るくしているけれど、自分なんかにはわからない、つらい思いをしている。こんなふうに友達に陰口をたたかれて。  潮の香りのするあの日の堤防に戻りたい。家のことも友達のことも進路のことも、何も考えずにただ音楽を聴いて、ジュースを飲んで。そういうの苦手だけど、今ならもっと北嶋を笑顔にさせてあげられそうだと思う。  今、お前のことを()やしてくれる何かが、(そば)にあるか? 夜眠る時、心が穏やかになるようなことが近くにあるか?  誰かの心配をして、幸せを祈るようなこんな気持ちは初めてだった。

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