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episode3-2
「飛鳥には詳しく話してなかったけど、両親が離婚して、それからは廉とは別々に暮らしてたから、本当に久しぶりに会ったんだ。当時は携帯も持ってなかったからね。連絡も取れなくて。廉、番号聞いていい?」
ふたりはまず、連絡先の交換をする。
「この辺りに住んでるの?」
話の邪魔 にならないように黙っていた。
「住んでるのはここじゃないんだけど、ここには画材道具をよく買いにくるんだ。高校卒業してから一年かけて金貯 めて、美術の専門学校に入って、今、二年生。来年からは絵の関係の仕事するんだ。ちょうど内定が出たところ」
「ああ。廉は絵うまかったもんな」
「兄貴はここに?」
「俺は飛鳥と買い物にきたんだ。食器を見に」
「へぇ。一緒に住んでんの?」
「いや、今はまだ。飛鳥は今大学生だから、卒業したらちゃんと飛鳥のご両親に話しに行って、一緒に住みたいなって思ってる」
「え?」
驚いて聞き返してしまった。
「あ、ごめん。まだ飛鳥にも話してないことを。ま、俺はそう考えてるって話」
北嶋は、「へぇ」とだけ答えた。
「廉は、母さんと?」
「あ、いや……。母さんは……、色々考えた結果、住み込みで働けるところがいいかなって。それで」
「ごめん、俺も父さんとはもう一緒に暮らしてなくて、ここ数年のことは何も知らないんだ。最近もまだ……?」
「ひどかった時は、一時的に保護してくれるところに避難したりしてた。今は一応、落ち着いてる。それで母さんは住み込みで仕事をしてるんだ。俺も学生寮に入ってる。春から働くことになってる職場も寮があるところなんだ。全くのひとりって怖いから。知ってる人が近くにたくさんいてくれたほうが……」
「そうだな。力になれなくてごめん。居場所さえも知らなくて」
「いや、だって居場所は敢 えて隠してたんだから」
「そうだけど。……あ、えっと、……父親がね、暴力をふるう人で」
知哉さんはこちらを向いて、ちょっと言いにくそうに説明する。
「父親は俺を連れて再婚したんだ。その後 、廉が生まれた。父親の暴力は、だいたいが母さんか、母さんと廉のふたりに向けられてて……。俺にはほとんどなかったかな」
「兄貴もけっこう巻き込まれてたよ。ほら」
北嶋は左手の人差し指を、右手の指でちょんちょんと触る。
「ああ」
知哉さんはちょうど、コーヒーカップを左手の親指と中指で持っていた。人差し指が浮いている。
「もう平気なのに、癖 で庇 っちゃうんだよね」
「俺も」
「ふたりで父親にやられてね。しつけとか言って、虐待 だよね、あれは。ふたりとも粉砕 骨折」
知哉さんがこちらを見て言う。
「兄貴。あんまり痛々しい話は」
「そうだね。ごめん、飛鳥」
ううんって首を横に振ることもできなかった。高校生の北嶋のジュース、バーにいた知哉さんのお酒のグラス、そして今ふたりともコーヒーカップを同じように持って……。
「五ヶ月くらいでまた転校したって、さっき言ったよね?」
急に北嶋に話しかけられてびっくりした。
「あ、うん」
「父さんに居場所がバレる度 に引っ越してたから」
「……そう」
お父さんは今、関東圏内ではないところに住んで仕事をしているらしいと、知哉さんは北嶋に伝えた。北嶋は少しほっとしたように見えた。
それからは北嶋の専門学校と絵の仕事の話、知哉さんの仕事の話なんかをして店を出ることになった。
知哉さんがレジで会計をしてくれている。
北嶋とふたり、喫茶店を出たところで待っていた。
「兄貴の背中の傷」
北嶋が言う。
「あっ、うん」
「あ、やっぱりまだ消えてないんだ」
「あ……、うん」
それは自分が知哉さんの裸を見たことがあるということで。
「俺が小学四年で兄貴は中二だった。俺が父さんに殴 られるところを兄貴が庇 ってくれて、俺の代わりに兄貴が怪我 した。小学四年って、俺もまだ華奢 な体だったから、俺がやられてたらかなりの怪我だったと思う。背骨だから、生活に支障が出るほどの。中二の兄貴だってかなりの怪我だった。俺を守ってくれたんだ。昔から本当に優しくて。いつも庇 ってくれて守ってくれて、優しくて優しくて。兄貴には本当、感謝してる」
北嶋は『殴られる』としか言っていないけれど、あの傷は何か物を使って殴られたのだと思う。
小学生の北嶋を庇 って代わりに知哉さんが……。中学生でその行動って、相当の意思だったと思う。
「あ、雨降ってきた」
北嶋は空を見上げる。
店から出てきた知哉さんは、北嶋と別れ際の挨拶 を交わした。
「廉。困ったことがあったらいつでも言って」
「うん」
「兄弟なんだから」
「うん。……半分は、血繋 がってんだよね?」
「繋がってるよ」
最後のその確認は何だったのだろうと思った。
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