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episode3-3

 雨の中、知哉さんの部屋に一緒に帰った。明日はお互い仕事と学校があるから、買い物の後、自分の家に帰る予定だったけれど、傘を一本だけ買って一緒に入って、なんとなくここに帰ってきた。 「風呂()めるから、飛鳥、先に入っておいで」  タオルで()れたところを()いていると、知哉さんは洗面所へ入っていく。  北嶋は濡れずに帰れただろうか。もう、風呂には入っただろうか。 「結局、買い物できなかったね」  知哉さんが戻ってきて言う。 「うん、全然。また今度で」 「廉に会えてよかった」 「うん」 「廉がもうすぐ就職とか、なんかびっくりする」  目を細めて、嬉しそうな表情をしている。 「絵の仕事って聞いてさ、この……、怪我(けが)」  知哉さんは左手を見る。 「()き手じゃなくてよかったなって、すごい思った」 「……うん」  もうすぐ風呂が()くことを知らせる音が鳴る。 「シャワー浴びてるうちに溜まるから、風呂入ってきな」 「うん」  湯船に入った時、今日あった出来事が頭の中を(めぐ)った。  色々なことがありすぎて、今やっと頭を整理している感じだ。  ――知哉さんは北嶋のお兄さん……。  最後は結局、そこに着地する。好きで好きで忘れられずにいた人のお兄さんと付き合っている。  早く出ないと知哉さんが風邪を引いちゃうなと思い、風呂を出た。 「今日も……、泊まれる?」  風呂から出た知哉さんに聞かれる。 「あ、うん」 「俺が仕事行く時に出れば、大学間に合うかな?」 「うん、大丈夫」  いつものようにご飯を食べて、いつものようにベッドに入った。 「飛鳥……」  横からぎゅっと抱きしめられる。キスをしたりしてこなくて、普段と様子が違う。 「家族のこと、詳しく話してなくてごめんね」 「ううん」 「……そういう父親の血が、……俺にも流れてるって、飛鳥に知られるのが怖かった」 「そんなの……」 「嫌いに、……ならないで」  抱きしめられる手に力が入る。 「知哉さんは知哉さんだから。何とも思わないよ」 「……ありがと。……年上のくせに恥ずかしいけど、甘えていい?」  知哉さんは胸の辺りに頭をつけて、頬を寄せる。そんな知哉さんの髪を、優しくなでた。  ずっと優しくなでて、そのうちそっと頭を抱きかかえて、また髪をなでる。  忘れられない人がいた。でももう会うことはないと思っていた。だから知哉さんを好きになった。けれどいつも心の片隅に北嶋がいた。それを知哉さんに失礼だと思っていなかった。そんな自分に気付いて、嫌なやつだと思う。こんなに心のきれいな知哉さんに釣り合わないと。  関係ない人なら、そのうちこの気持ちは封印できると思う。でも、弟なんだ。北嶋は知哉さんの弟。これから知哉さんは北嶋と連絡を取ったり会ったりして、話を聞かされたりする。その時、自分はどう思うのだろう。  ――兄弟なんかじゃなければよかったのに。 「飛鳥……。そばに、いてね」  こんな自分のことを、こんなにも想ってくれる。そう思うと泣けてきた。  気付かれないように涙を流していたけど、「……うっ」と声が出てしまった。 「飛鳥?」  知哉さんが顔をのぞく。 「ごめ……、うっ、……ぐすっ」 「飛鳥……」  頬を伝う涙に唇を重ねてくれる。 「飛鳥、……泣かないで」 「うっ、……」  親指で涙をぬぐってくれて、(まぶた)にキスをしてくれる。  こんなに優しい人。  知哉さん、ごめんなさい。心の中で何度も謝る。謝って、謝って、それでもどうにもならない。  ――あなたの弟が好きで、ごめんなさい。  窓の外は雨風が強かった。その音が余計に胸を締め付けた。

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