12 / 18
episode3-3
雨の中、知哉さんの部屋に一緒に帰った。明日はお互い仕事と学校があるから、買い物の後、自分の家に帰る予定だったけれど、傘を一本だけ買って一緒に入って、なんとなくここに帰ってきた。
「風呂溜 めるから、飛鳥、先に入っておいで」
タオルで濡 れたところを拭 いていると、知哉さんは洗面所へ入っていく。
北嶋は濡れずに帰れただろうか。もう、風呂には入っただろうか。
「結局、買い物できなかったね」
知哉さんが戻ってきて言う。
「うん、全然。また今度で」
「廉に会えてよかった」
「うん」
「廉がもうすぐ就職とか、なんかびっくりする」
目を細めて、嬉しそうな表情をしている。
「絵の仕事って聞いてさ、この……、怪我 」
知哉さんは左手を見る。
「利 き手じゃなくてよかったなって、すごい思った」
「……うん」
もうすぐ風呂が沸 くことを知らせる音が鳴る。
「シャワー浴びてるうちに溜まるから、風呂入ってきな」
「うん」
湯船に入った時、今日あった出来事が頭の中を巡 った。
色々なことがありすぎて、今やっと頭を整理している感じだ。
――知哉さんは北嶋のお兄さん……。
最後は結局、そこに着地する。好きで好きで忘れられずにいた人のお兄さんと付き合っている。
早く出ないと知哉さんが風邪を引いちゃうなと思い、風呂を出た。
「今日も……、泊まれる?」
風呂から出た知哉さんに聞かれる。
「あ、うん」
「俺が仕事行く時に出れば、大学間に合うかな?」
「うん、大丈夫」
いつものようにご飯を食べて、いつものようにベッドに入った。
「飛鳥……」
横からぎゅっと抱きしめられる。キスをしたりしてこなくて、普段と様子が違う。
「家族のこと、詳しく話してなくてごめんね」
「ううん」
「……そういう父親の血が、……俺にも流れてるって、飛鳥に知られるのが怖かった」
「そんなの……」
「嫌いに、……ならないで」
抱きしめられる手に力が入る。
「知哉さんは知哉さんだから。何とも思わないよ」
「……ありがと。……年上のくせに恥ずかしいけど、甘えていい?」
知哉さんは胸の辺りに頭をつけて、頬を寄せる。そんな知哉さんの髪を、優しくなでた。
ずっと優しくなでて、そのうちそっと頭を抱きかかえて、また髪をなでる。
忘れられない人がいた。でももう会うことはないと思っていた。だから知哉さんを好きになった。けれどいつも心の片隅に北嶋がいた。それを知哉さんに失礼だと思っていなかった。そんな自分に気付いて、嫌なやつだと思う。こんなに心のきれいな知哉さんに釣り合わないと。
関係ない人なら、そのうちこの気持ちは封印できると思う。でも、弟なんだ。北嶋は知哉さんの弟。これから知哉さんは北嶋と連絡を取ったり会ったりして、話を聞かされたりする。その時、自分はどう思うのだろう。
――兄弟なんかじゃなければよかったのに。
「飛鳥……。そばに、いてね」
こんな自分のことを、こんなにも想ってくれる。そう思うと泣けてきた。
気付かれないように涙を流していたけど、「……うっ」と声が出てしまった。
「飛鳥?」
知哉さんが顔をのぞく。
「ごめ……、うっ、……ぐすっ」
「飛鳥……」
頬を伝う涙に唇を重ねてくれる。
「飛鳥、……泣かないで」
「うっ、……」
親指で涙をぬぐってくれて、瞼 にキスをしてくれる。
こんなに優しい人。
知哉さん、ごめんなさい。心の中で何度も謝る。謝って、謝って、それでもどうにもならない。
――あなたの弟が好きで、ごめんなさい。
窓の外は雨風が強かった。その音が余計に胸を締め付けた。
ともだちにシェアしよう!