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第8話 法螺

 乗り気じゃなかった。 同窓会なんて、どんな顔をして出れば良いものだか。 そもそもあの大学は、肩書が良いけれど、実際問題俺にとってのメリットなんか、今となっては全く無く、むしろ重荷になってきてさえいるのに。 家族にでさえ「出ねぇよ。行かねぇよ。」と言ってきてたのに、 なぜか幼稚園のオクサマ方に知れ渡ってしまい、 「これでいい人が見つかればいいわねぇ」 とまで言われてしまい、はっと気がついた。 もしかしたら、彼女のことを知ってる人がいるのかもしれない… * * *  雑踏というのは、こういうことを言うんだろうなぁなどと、なぜか大学生活が頭を占めるような、タイムスリップしたような感覚を覚えた。 雑踏なんて言葉、試験とか論文とかのときに使う以外に、いったいどこで使うんだ?と考えたりした。 社会人になってからの知識など、お金の計算と、体力の温存の仕方くらいしか使うことがない。 想像もしてみたが、やっぱり、陽子さんはいなかった。 やっぱり、というか、残念、というか。 亮は元気で育ってますと、伝えたかった。 これが本音だった。 今更、一緒に暮らそうとか、そんなこと言えないだろうなあ。お互いに。 でも、大きくなった亮を、どういう思いで会えるだろうか。 それに、陽子さんの実の息子だ。 引き取りますと言ってくることも、十分に考えられる。 「おう、久しぶりだなあ」 と、肩をぽんと叩かれた。振り返ると、知らない顔。誰だっけ? 「お、おう。久しぶりだなあ。」 社交辞令だ。 「なに、最近はどうなの?課長になったか?」 なんだこいつ?社会人5年で課長になれる会社ってどこだよ? 「いやぁ、まだまださぁ。」 「あ、じゃ、エリアマネージャーとかか?やるなあ、お前って前から凄腕だったからなあ。」 体力だったらスゴイかもしれないが、俺はそんなキャラじゃねぇよ。 ってか、誰かと間違えてないか? 「おーい」という遠くの声が聞こえたと思うと 「あ、わり。ちょっと行ってくるわ。じゃ、楽しんでってくれよな。」 と、さっさと離れていった。あ、今のはもしかして幹事かな? まあ、それより、当時の陽子さんを知っている人って、誰かいないか…? * * * 「なぁ、」 「ん?」 「さっきの、あの大男、誰だ?」 「知らね。」 「なんだ?知らないで近寄ったの?」 「まあ、誰だっけな〜って思ってたんだけどな。どっかで見た顔だったから。全然知らないヤツだった。」 「じゃあさ、前に相手してた彼女、いま人妻なんだってよ。口説いてみるか?」 「お前のは、脅し、だろ?寝取り好きだもんな。」 「そんな昔とは違うよ。俺も大人になったんだぜ。」 「どこがだよ。手口がヤリサー時代と変わってねぇよ。」 「お前には、今の女の子を紹介してくれるってよ。現サークル会長が言ってたぜ。」 「お、おう、それなら文句ねぇよw。」 * * *  さしあたり、同じゼミの人たちと話をしてみたが、陽子さんのことを話してくれる人はいなかった。 「…、あ、あぁぁ…、陽子さんね。はぃはぃ…」 と、なんか濁してしまう。 まぁ、ヤリサーでいろいろヤッてた話はいろいろ聞いたから、そういうイメージが付いちゃってるんだろうな。 うーん、このままいても、情報は出てこないようだな。ここはもう帰るか。 もう、この話は、ここでは出てこない。俺の方で処置しよう。 実は、渡辺先生の申し出で、亮を正式に養子にしたほうが良いと言われていたのだ。 これで、実質にも法的にも、俺の息子ということになるのだと。 その方が手っ取り早いし、難しい話ではない。 関わってくるのが俺と亮だけだから。他に関係を持つ人がいないから、とてもスムーズに事が運ぶからだ。 実の母親の話も聞きたかったのだが、この会場の雰囲気から見ても、歓迎はされないだろう。 よし。そうなったら、ここにはもう用は無い。帰ろう。 「あ、あの、もうお帰りで?」 という受付担当の言葉も、これから仕事があるのでと言って、さっさと出てきた。 * * * 「さて、終盤に差し掛かってきました。残る景品は、あと3つです。」 同窓会のラストを締めくくる、福引抽選会。参加者が全員集まって、司会者の持つ抽選箱に注目が集まっている。 「次の当選者は、…えぇと、佐々木さん。おめでとうございます。」 ざわざわと観客は声を出しているが、当選者は出てこない。 さっき、帰ったのだから当然なのだが。 「えーと、佐々木さん、いませんか?スポーツ学部の佐々木さんです。いませんか?」 「ん?スポーツ?佐々木?」 「ん?どうした?」 さっきの元ヤリサー男が、司会者の声に反応した。 「佐々木…なあ、同期に佐々木って、あんまりいなかったよな。」 「えーと、おーい、参加者リストってあったか?…えーっと、今回の参加者では、佐々木は3人だな。うち1人は欠席の連絡が来ている。今日来ているのは、女と…男と、1人ずつだな。」 「…スポーツ?…あ、あいつだ!佐々木って。さっき俺が声かけた大男だ。」 「んん?なんだ?なにがあった?」 「あいつ、陽子さんをハメた奴だ。思い出した。あのあと陽子さんが妊娠したんだ。そうだ、あいつが佐々木か。」 「なんだなんだ?何があったんだ?」 急にキョロキョロ周りを見渡し走り出す男に、ヤリサーの男はついていけなかった。 「いませんか?スポーツ学部の佐々木さん。」 「あいつ、どこいった?あいつのせいで、陽子さんもサークルに来れなくなったんだぞ!」 「いなければ、棄権ということで、もう一枚引きます。こちらが当選の方になります。さて、当選者は…」 「佐々木?どこいった?佐々木?」 「え?あの、ちょ、ちょっと、きゃっ」 「佐々木?どこだ?陽子さんを!佐々木?」 ステージの前の方で、男が佐々木の名前を出して叫んでいる、陽子さんの名前も出している、ということが、この場面から広まった。 その夜、某SNSに、同窓会のネタとして、 『ヤリサー姫・陽子を佐々木が奪って、サークルから恨まれている』 という話に発展していた。 もっとも、この話はその後2週間程度で消火され、みんなの記憶から消えていった。

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