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第10話 縁談

 はれて、正式に息子になった亮を、この手で抱きしめて、一緒に寝て、目が冷めたときに目の前で寝顔があるというのが、今の俺の一番の幸せかもしれない。 「…ん、…んんぅ〜、ふあぁ〜…ぁ…、おとーさん、おはよー」 「おう。おはよう。」 んー、可愛い。俺の子、可愛い。うん、かわいい。 「いってきまーす」 元気よく家を飛び出した。 お隣さんと一緒に、道を歩いていく。 「あら。おはようございます。」 「あ、どうも。」 お隣さんの奥さん、今日も玄関先で見送っている。 やっぱり井戸端会議が始まるのだが、何かの拍子で 「あらやだ。私、離婚したんですよ。ついこの前、正式に。」 と言い出してきた。 「え?」 どきっ。 「だから、私、正式にフリーになったんですよ。…、ねっ?」 「あー…、そうなんですかぁ。」 しか言えないだろ、こんな時って。 「だから、佐々木さんにプロポーズすることも、もう出来るんですよ。どうですか?」 「あの、ちょっと、待って、ください…」 いやいやいや、ちょっと待ってくれよ…、俺もそういう気は全然無いんだからさあ。  その日は、幼稚園の帰りに迎えに来ることも出来た。今日は渡辺先生は出てこない。市役所に行ってる日だったかな。 「あら、佐々木さんじゃないですか。いつも熱心でいらっしゃって。お迎えですか?」 と、こちらでも井戸端会議。今朝も似たような境遇にあったと思っていたら、 「あら、奥さんいないんでしたっけ?あらーすみません、私知らなかったものだから。」 と、こちらでもそっちのお話に。 「あ、じゃあ、あちらの奥さんも、旦那さんと別れたって話でしたよ。子どもにとっても、シングルって大変ですからぁ、どうです〜?」 なんて無理やりな展開に持ってきた。 「あ、あの、いや、俺は」 「あの奥さんも、佐々木さんには、見たこともないような笑顔を振りまいてきてるからぁ、絶対その気があるんですよ。絶対よあれは。」 なんだかもう、仲人さんってアチコチにいるんだなあって、変なことを考えていた。  会社で昼休み中、たまたま数人が集まって話をする機会ができて、たまたまその中に入ることになったのだが、 「俺も独身だし、もう結婚してもいい年頃なんですけどねえ。」 と、こっちでもそんなネタに憑いてしまった。 「俺は別れちゃったから、あまり強くは言えないけど、結婚なんて、良いところと悪いところの両方を総合的に見ないと、やっていけないからな。」 「あ、子どもはどうなったんですか?」 「娘が1人、息子が1人だよ。別れたあいつは、子どもは引き取らないことで決着がついたけど、その分俺の支払いが多くなってるから、ちょっと割に合わないかもなあ。」 まあ、そうだよな。一般的な離婚(?)だったら、そういうパターンが殆だろうな。 「佐々木って…、息子が1人だっけ。兄弟の予定はどうだ?」 いきなり変化球が俺に当たった。 「え?…え?い、いやぁ、俺はまだだねぇ…。」 って逸したつもりが、構わず話を進めてくるので、 「い、いや、俺は奥さんっていないから…」 「あ…、なんだ、離婚してたのか?わりぃな。」 と、やっぱりそういう納得のされ方になった。ただ今回は、続きがあった。 「シングルマザーと一緒になるって手もあるんだぞ?どうなんだ?」 どストライクな攻め方で攻略された。 「えぇ、あぁ、まぁ、うん、そうだなあ…」 と、しどろもどろな言葉を出してしまった。 「女って、いいぞぉ。面倒くさいところもあるかもしれないけど、頼りになるところを見せられると、よっぽど頼もしいって思えるからなあ。あ、気持ちいこともあるけどな。」 …、今のセリフは、コメントは差し控えさせていただきます。なんだか変なことにならなきゃ良いけど。 「あらー。佐々木さん、そんなことじゃいけませんよ。子どもにとっても、父親と母親と、二人揃って育つ環境になるんですから。」 幼稚園の奥さんの、ひとつの意見として聞いてみた人がいるけど、これもコメントは控えます。それも他に数人の奥さんがいる前で、平然とこんなセリフを言って来るなんて。 「まぁでも、今の世の中だと、いろんなパターンがありますからねえ。お婆ちゃんっ子って、令和になった今でも存在するんですよ。両親だけというパターン以外にも、方法はあると思いますねえ。」 と渡辺先生が助け舟。 幼稚園の帰りの送迎に、今日はずいぶん人数が集まっていた。今日は渡辺先生もいて、奥さんが5〜6人のグループがこちらとあちらに出来ていた。 「あらー、先生がそんなこと言うなんて。意外ですわね。そういえば先生も若いんでしたっけ。」 「私は、他人のプライバシーには立ち入らないと考えているだけですよ。昭和平成令和と、時代が変わってきているので、私達も考え方を少しずつ矯正しながらやっていっているもので。」 おぉっ?なんか、流石というか、役所の方針をピシッと言ってのけた感がある。 俺は心の中で渡辺先生に拍手した。 「うーん、でも実際問題、どうなんでしょうねえ?」 と、同じく幼稚園の帰りの送迎に来ていた、離婚して子どもを引き取った、別の男性が話しだした。 「確かに、母親と父親がセットになって、『家庭』という定義が残っているんだとすれば、私みたいに片親の…、あ、今はこの言葉って言っちゃいけないんでしたっけ?えっと…」 「パートナーがいない、シングル、ですかね。」 と、俺は補足してみた。 「あぁ、シングルか。…そういえば、佐々木さんもシングルでしたっけ。」 俺は特殊なシングルだけどなぁ。 「精神面とか経済面とか、やっぱり大人二人で支えていくことは、もう必然ですよね。家のローンとか食費とかを考えると、1人だけの収入じゃあ、ねえ。」 「かといって、俺なんか」 と、ちょっと話を出してみた。 「俺なんか、今の状況がベストな状態で、いまさら女の人が家庭に入ってくるなんて考えられなくなってますからねえ。世間が言うほど、困ってることって、無いし。 実際困るのは、世間の言葉くらいですよ。何も知らん、当事者の『周り』の人が、おせっかいで余計なことを喋ってくるのが困る。」 「せんぱ…佐々木さん、言いますねぇ。」 「シングルで分が悪いのは、女性が親の場合が多いんでしょうけどね。だから夫婦にさせて安定した生活にしてもらいたい、ということじゃないでしょうか。だけどそこから、いろんなネタをくっつけて、いろんな方面に飛び火させているから、混乱したことを言ってくることになってるんじゃないですかねえ。」 「佐々木さん、言いますねぇ。」 「まあ、これは著者の代弁でもあるんだけど。」 「佐々木さん、そこは言っちゃダメw。」

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