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櫻花貿易公司の面々

「孝弘、きょう飲みに行こうよー」  電話がかかってきたのは、午後の仕事が始まったばかりのころだった。 「って、お前、いまどこにいるんだよ?」 「北京空港着いたとこ。19時にホテルで会おう。ラウンジで待ってるねー」  語尾にハートマークがつきそうなうきうきした声で用件だけ言うと、相手はあっさり通話を終わらせた。  仕方ない、きょうは18時あがりだな、と孝弘は手元の資料に目を落とした。  プロジェクトは始まったばかり。北京に赴任してこの一週間は総責任者の青木についてあちこちの役所に行っては話を聞くことの繰り返しだ。  18時10分、仕事終わりのスーツ姿のままタクシーに乗り、孝弘は待ち合わせのホテルに直行した。ラウンジで待ち合わせの相手はカクテル片手に挨拶する。  「久しぶりー、元気?、じゃないか。ちょっとなんなの、その顔は」  孝弘の仏頂面に、レオンは明るい笑い声をあげた。 「取り繕う必要もないだろ、レオン相手に」 「まあね。孝弘のやらかしたとこいっぱい知ってるからね」 「お前、ホントに何しに来たんだよ?」 「え、そういうこと言う? 香港で電話してクラブに入れてくれって頼まれてやってあげたのに、それっきり顔も見ないで日本に帰っちゃったのに?」  前回の、香港での借りを持ち出されて、孝弘はばつの悪い顔をする。 「いや、それは感謝してるって。あのあとレストランから電話しただろ。でもまあ、あんときは会う時間がなくて悪かったよ」 「いや、いいんだよ。それだけ祐樹さんが大事なんだもんね。2年間一緒に暮らした俺よりも、ねぇ?」 「そういう、からかいかた、やめろって」  顔をしかめて嫌がる孝弘を見て、レオンはふふっと無邪気そうな笑顔で言い放った。 「だってさ、孝弘、祐樹さんの前ではかっこつけてるんだもん」 「悪かったな!」  自覚はある。祐樹にはいいところを見せたくて、多少背伸びしている部分があるのは事実だ。もちろん必要以上の無理はしていないつもりだが、4才も年下なので、どうしても見栄を張ってしまうのだ。  最初に振られたときに言われた「年下は好みじゃないんだ」という台詞のせいもある。当時は学生でもあったからなおのこと、その言葉は胸にこたえた。  本当のところは祐樹がとっさに口走っただけで、年下でも気にしないと言ってもらったけれど、背伸びする癖が抜けていないのは自分でもわかっていた。

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