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周焔編(氷川編)3

 その後、冰は老人と共に生活するようになり、これまで通り学校にも通うことができた。しばらくは穏やかな日々が続き、両親を失った傷もようやく癒えようとしていた頃、運命の出会いは訪れた。  冰らの住むアパートメントのすぐ近くでまたしても抗争が起き、今度は以前にも増す大惨事となってしまったのだ。先の――冰の両親が巻き込まれた事件に絡んだ諍いの報復戦らしく、前回を遥かに上回る大抗争に発展した。  如何にチンピラ同士の揉め事とはいえ、二度も銃撃戦に至るまでの惨事に、事態を重く見た地元マフィアの幹部が鎮圧に乗り出してくることとなったのだ。  そんなどさくさの渦中でのことだった。  冰はまだほんの子供だったが、運悪くといおうか、一見して華のある見目の良い容姿に目を付けられ、チンピラ集団によって人身売買を目的に拉致されてしまうハメとなった。  黄老人は身を盾にしてなりふり構わず冰を守ろうと応戦したが、その甲斐も虚しく、家は荒らされ怪我も負わされてしまった。あわや連れ去られそうになった冰を間一髪で救い出したのが漆黒を身にまとった怜悧な男だった――というわけだ。  なんと、彼は抗争鎮圧の為に出向いて来た香港マフィアの頭領の息子だったのだ。 [こんな小っせえガキを売り飛ばそうなんざ、クズ以下だな]  彼はそう言ってチンピラ連中の手から冰を取り戻した。そして、恐怖の為か真っ蒼になって震える冰の前で屈むと、『怖い思いをさせたな。すまなかった』そう言って謝ったのだった。  冰は動揺の中にあって、広東語と日本語が入り混じった言葉で取り留めのないことを言いながら泣き崩れてしまっていた。その様を見て、男は呟いた。 「日本人か――?」  それはまさしく日本語だった。冰にとって、愛する両親が日常の中で使っていた大切な言語だ。生まれ育った異国の地にあろうとも、本能でそれが自らの母国語だと認識されていたのだろう。冰はそのひと言で泣き止むと、おそるおそる男を見上げながら訊いたのだった。 「お……兄ちゃん、誰? 日本の人……なの?」  そのやり取りを目にしていた黄老人が、すかさず冰を抱き寄せながら男に向かって頭を垂れた。 [申し訳ございません、周大人(ジォウターレン)――! 口の聞き方も分からぬ子供ですので、どうかご容赦ください。お助けいただいて……何と御礼を申してよいか……本当にすみません!]  床に擦り付けん勢いで頭を下げる黄老人に、男が訊いた。 [こいつはあんたの子供か?] [いいえ――。この子は私の隣に住んでいた子供でして] [隣だと? 親はどうした] [この子の親は……亡くなりまして] [亡くなった? 病か何かで――か?] [……いえ、その……。この子の両親は先日この辺りで起きた抗争に巻き込まれまして……不運にも二人共同時に……]  黄老人の説明に、男はハタと瞳を見開くと、わずかながら眉根を寄せた。先のチンピラ同士の諍いが原因だと悟ったのだろう。直接は関係しておらずとも、自分たちファミリーの息の掛かった者たちが起こした不始末の結果に違いはない。男は静かに詫びの言葉を口にした。

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