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周焔編(氷川編)2

 十二年前、冰はある事件で両親を失った。  当時、冰の親は香港の地で小さな雑貨店を営んでいた。両親は共に日本人だったが、父親が勤めていた商社で海外転勤を命じられて移り住んだのが始まりだったらしい。  両親にとって香港の地が水に合ったわけか、再び別の地への転勤の辞令をきっかけに、勤めていた商社を辞めて小間物雑貨を扱う店を開いて生計を立てるようになったそうだ。冰が生まれたのもちょうどその頃だった。  生活は取り立てて裕福とはいえなかったものの、やさしい両親の下、冰は穏やか且つ幸せな日々を過ごしていた。現地の広東語はむろんのこと、母国語である日本語の他に、日常生活に不自由しない程度の英語も身に付け育った。一家を悲劇が襲ったのは、冰が九歳になろうとしていたそんな或る日のことだった。  冰らの住む繁華街で抗争が起き、それに巻き込まれた両親が一度に命を落としてしまったのだ。どうやらマフィアがらみの諍いのようだったが、銃撃戦にまでなり、街区内は一時騒然となった。  いかに生まれ育ったとはいえ、頼る親類縁者もいない異国の地で、幼い冰は突如として独りになってしまったわけだ。 ――が、住んでいたアパートメントの隣人であった(ウォン)という老人が親身になってくれたお陰で、どうにか生き延びることが叶ったのは不幸中の幸いといえよう。  黄老人というのは、カジノでディーラーをしながら生計を立てている人物だった。妻や子はおらず、生涯独身を通している仕事人間でもあった。ディーラーとしての才気にあふれ、どこのカジノからも引っ張りだこというくらいの腕前の持ち主の上、裏社会にも顔が利き、各方面から一目置かれる存在だったようだ。  そんな黄氏だが、冰ら家族に対してはいつも穏やかでやさしい、普通の老人だった。幼い冰ともよく遊んでくれたので、冰自身もよく懐いていた。突如として訪れた悲劇の中にあって露頭に迷わずに乗り越えられたのは、まさに黄老人のお陰だったといえる。

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