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周焔編(氷川編)32

 その後、日が経つにつれて冰は何となく気分の晴れないことが多くなっていった。原因は言わずもがなだ。  周に付き合っている恋人がいるのかどうかということが気になって、頭から離れないのだ。つとめて平静を装わんとするも、どことなく気落ちした感じは伝わってしまうのだろう。周はもとより、家令の真田や側近の李らも様子のおかしな冰のことを気に掛けるようになっていた。 「おい、冰――。お前、何か悩みでもあるのか?」  それはある朝のことだった。いつものように朝食を取りながら周が問う。 「このところえらく元気のねえツラしてるじゃねえか。何か心配事でもあるんだったら遠慮しねえで言ってみろ」  真向かいに座った周からじっと見つめられて、冰は慌てたように瞳を見開いた。 「べ、別に……! 何もないよ」 「何もねえってツラじゃねえだろが。李や真田も心配してるようだぜ?」 「え――!? そんな……李さんたちまで……?」 「まあ、俺も同感だがな。お前も日本に来てひと月か――。ホームシックにでもかかったか?」  あえて冷やかすように言ってくれるのは周の気遣いだろう。そんなふうにやさしくされると、ますますもって胸が痛むようだった。 「ホントに何もないよ。ホームシックとか……そういうのじゃないし」  ホームシックというのは一つの例えだが、それではないと言い切るところを見ると、やはり他に何か思い詰める節があるのだろう。目の前でうつむき加減に食事をとる冰の様子をそれとなく目にとめながら周は言った。 「俺はお前がホームシックにかかったとしても、ガキ扱いしたり呆れたりなんかしねえ。悩みがあるなら独りでため込んでねえで言ってみろ」 「白龍……。ありがと。でもほんとに何でもないんだ。何かあったら白龍にちゃんと言うよ……」  とは言うものの、歯にものを挟んだようなのは変わらない。しつこく問い詰めても逆効果と思ったのか、周はそれ以上訊くことはしなかった。 「――冰、俺とお前の間で遠慮なんかいらねえ。俺はお前の言うことならどんなことでもちゃんと聞いてやる」 「白龍……」 「小さいことでも、くだらねえことでも構わねえ。いつでもお前の側には俺がいるんだ。それだけは覚えておけよ?」 「ありがとう……白龍。――えっと、俺ね……」  冰もさすがに申し訳ないと思ったわけか、少々固い表情ながらも懸命に作ったような笑顔で先を続けた。

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