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周焔編(氷川編)46

「あの、白龍……?」 「――何だ」 「えっと、その……そんなカッコじゃ風邪引くよ? 髪も濡れたままだし」 「ん? ああ」  周は未だ仏頂面ながらも、存外素直にワシワシとタオルで髪を吹き上げると、バスルームへと戻るべく踵を返した。その後ろ姿を目にした冰は、驚きに硬直させられてしまった。 「あ……ッ!」  周の大きな背中には見事なほどの彫り物が施されていたからだ。いわゆる刺青というそれだ。  右の脇腹から左肩にかけて、白い龍がうねるように舞っている。まるで天高く昇るかのように勇ましいその龍は、大きな双眸を見開き、カッとこちらを見据えている。険しくも厳しい視線に睨まれてしまうようで、冰は驚きに絶句させられてしまった。  周はマフィア頭領のファミリーだ。刺青があったとて取り立てて驚くことではないのかも知れないが、直に目の当たりにすれば、やはり平常心ではいられない。  彼と暮らすようになってからは秘書として様々な仕事先に同行したものの、一企業の社長としての顔しか見てこなかった為、本来のマフィアという素性からはすっかりかけ離れたような認識でいたのだ。  彼の裸身を目にするのも初めてだったわけだから知らなかったのも当然といえばそうだが、忘れかけていた彼の本質を垣間見てしまったようで、ドキドキと自らの心臓音がうるさいくらいに脈打ち出すのを抑えることができなかった。  見てしまったことをおいそれとは口に出して言うこともままならない。周も特には気にする様子もなく、むろんのこと隠す素振りもなく、ごくごく当たり前のように背中を向けながらバスルームへと向かってしまった。 「はぁ……びっくりした」  冰は若干腰が抜けたようにして大きなソファへとへたり込んでしまった。  磨りガラスの扉の向こう側では周がドライヤーで髪を乾かしている音が聞こえてくる。それを聞くともなしに聞き流しながら、冰は四肢から力が抜けてしまったように呆然としてしまっていた。  周がバスタオルを腰に巻いただけの半裸状態で風呂から出てきたことにもドキリとさせられたが、先程は一之宮紫月との通話の方に一生懸命だったので気が散漫だったのだ。その直後に広く大きな背中に龍の彫り物を見つけてしまい、何とも形容し難い気持ちが全身を包み込む。  湯上がりの素肌を惜しげもなくさらす様は色香にあふれ、直視できない奇妙な感情を揺り起こす。一般人とは明らかに一線を画する刺青も、冰の目にはひどく粋で格好良く映ってしまったのだった。

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