45 / 1162

周焔編(氷川編)45

『な、まだ話してて平気?』 「え、はい! 俺は全然……」 『だったら、ちょい待ってて!』  紫月は言うと、電話の向こうで『おーい』と、誰かを呼んだようだった。『お前も来いよ! 電話、冰君が出てる。そう、氷川ンとこの!』しばしザワザワとした雰囲気がやむと、スマートフォンからはまた別の男の声が聞こえてきた。今度は今の紫月と違って、もっと落ち着いた雰囲気の男の声だ。 『鐘崎(かねさき)だ。氷川とは懇意にさせてもらってる』 「あ、はい! こちらこそお世話になってます! 雪吹冰です!」  冰は慌ててそう返した。鐘崎と名乗った男の声の調子がひどく落ち着き払っていて、顔は見えないながらも思わず背筋をピーンと伸ばしてしまうような雰囲気にさせられてしまったからだ。どことなく周に近い雰囲気も感じられる。  冰が緊張していると、すぐに代わったのか、また紫月という男が電話口で笑った。 『ごめんなー、冰君。こいつって口数少ねえからさぁ』  ケラケラと楽しそうに言う。それからしばらく紫月という男の独断場のような話が続き、冰は緊張しながらも一生懸命に相槌を返し続けたのだった。 『今度、遊びに来いよなー。つか、俺らがそっちに行ってもいいけどさ! 近い内にぜってえ会おうぜ!』 「あ、はい! よろしくお願いします!」  スマートフォンを握り締めながら、冰は一人ガバッと頭を下げてそう返事をした。ちょうどその時だった。 「なんだ、まだ電話切ってねえのか」  ハッとして振り返ると、そこには腰にバスタオルを巻いただけの姿で、髪も濡れたままの周が立っていた。たった今、風呂から上がってきたのだろう。冰にはいったい何分くらい話していたのか既に分からないほど緊張状態だったが、かなりの長電話だったといえるのだろう。周は若干眉根を寄せていて、口もヘの字に結んだ感じの、何とも言い様のない表情をしている。  と、突如冰の手からスマートフォンを取り上げると、通話の相手に向かってひと言――、 「おい、一之宮。ウチの冰にちょっかいかけてんじゃねえ」  いかにも横柄な調子でそう言い放った。  冰は自分が長電話をしていたことで周の機嫌を損ねたのかとハラハラしていたが、理由はそこではなかったようだ。電話の向こうから漏れ聞こえる声が冷やかすようにこう言った。 『おいおい、早速独り占めかよ。てめ、風呂はもう済んだのか? あんまし嫉妬深い男は嫌われっぞー!』  言葉は辛辣だが、声は楽しそうだ。 「うるせー。こいつは俺ンだ。手を出すなよ」  周はそれだけ告げるとサッサと通話を切ってしまった。 「あ……切っちゃった」 「なんだ、代わりたかったのか?」  じろっと視線を送ってくる周の口元は”への字”のままだ。ちょっとスネたような仏頂面が普段の彼とは別人のようでもある。  冰は今まで見たこともない少年のような一面に、唖然とさせられてしまった。

ともだちにシェアしよう!