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漆黒の人53

「そうだ……! そういえばさ……白龍(バイロン)」 「――どうした」 「あの……あのさ。俺、さっき見ちゃって……。偶然なんだけど」 「見たって――何をだ」 「んと、その……白龍(バイロン)の背中の」  冰がわずか遠慮がちに告げると、周は『ああ――』とすぐに瞳をゆるめてみせた。 「彫り物のことか?」 「うん、そう……」 「驚いたのか?」  髪を撫でながら穏やかに問う。 「ん、まあ。驚いたっていうのもあるけど、白龍(バイロン)の背中にあると……すごく似合っててカッコいいって思えちゃってさ。ドキドキしちゃったんだ」  モジモジとしながら可愛いことを言われて、周は腕の中の髪ごと引き寄せた。 「――ったく、お前ってやつはどんだけ俺を喜ばせれば気が済むんだ」  周は愛しい想いのままにまたひとたび冰の額へと口付けると、 「この彫り物はな、親父が与えてくれたものなんだ」  穏やかな表情で話して聞かせた。 「兄貴の背中には俺のとは向きを反転させた龍が掘ってある。色は黒だ」 「黒い龍……?」 「ああ。俺とは左右対称の形になってる。親父は背中のど真ん中に黄色い龍が入ってる。三つの龍を合わせたとしたら、尾が腰の位置で絡まるような図柄になっててな。色もそれぞれの(あざな)に合わせてある」  そう言われて、冰は『あ――!』というように瞳を見開いた。 「そういえば白い龍といえば白龍(バイロン)(あざな)だよね。お兄さんは確か――」 「黒龍(ヘイロン)だから黒い龍だ。親父の(あざな)黄龍(ウォンロン)だ」 「そうなんだ……! (あざな)に合せてあるなんてすごいね」 「これは親父の愛情なんだ。妾腹の俺に本物のファミリーの一員の証として贈ってくれたものでな。親父には元々背中の真ん中に黄龍(こうりゅう)が掘ってあったんだが――三つの龍が合わさるようにと図案を考えてくれたのは継母(おふくろ)なんだ」 「――! そう……なんだ」 「本来だったら一番(うと)ましかろう俺を実の子のように分け隔てなく接してくれて――それどころか俺の実母とも親友のように親しくしてくれている。器がでけえなんていう言葉じゃ表しきれない大きな人だ。継母(おふくろ)がそうしてくれることで周囲も俺たち母子(おやこ)を軽んじることはなかった。むろん兄貴も同じだ。俺の実母を姉と慕い、俺を実の弟として慈しんでくれたんだ」  その深い厚情に心底恩を感じているのだと周は言った。 「そっか……。そうだったんだ」  冰は聞きながら、その瞳には自然と滲み出た涙が今にも零れそうになっていた。 「どうした。泣くヤツがあるか」 「ん、だって俺、嬉しいんだ。白龍(バイロン)がお父さんやお母さん、お兄さんに愛されてて――幸せなんだって思ったらすごく嬉しくて」  周の幸せがそのまま自分の幸せであると感じているのだろう。ボロリと頬を伝った涙は温かく、それは周にとってもかけがえのないくらい愛しいものであった。

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