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周焔編(氷川編)56

「……ったく、いつものことだけどよ……そーゆーの反則じゃね?」  ボソリと呟き、唇を尖らせる。反抗的な仕草とは裏腹に、頬の朱をみるみると濃くしていく横顔をみやりながら鐘崎はフッと口角を上げた。 「何だ、惚れ直したか?」 「は……!? ンなこと言って……ねっての!」 「言わずとも顔にそう書いてある」  鐘崎は紫月の手を取ると、グイとそのまま腕を引っ張って、自らの胸の中へと抱え込んだ。 「来い、紫月。抱いてやる」  利き手で頭を抱え込み、前触れなしに深い口付けで唇を奪う。シャツも毟り取る勢いで、あっという間に剥いてしまった。これではまるで強姦さながらだ。 「……ッ、ンだよ急に……! 相っ変わらず獰猛なんだから……よ!」  憎まれ口を叩くも、それは染まった頬の熱を悟られたくないが為の照れ隠しに過ぎない。そんな紫月の性質をよくよく知り尽くしている鐘崎は、どう言われようが余裕綽々なのだ。 「獰猛とはご挨拶だな? だが身体は正直だ」  自らは床に寝転がり、紫月を腹の上に乗せて抱き締めてくる体勢がこれまた憎らしい。薄く笑う口元もしかりだ。こんな体勢に持ち込まれれば、否が応でも触れ合う身体の中心は、既に硬く怒張の兆しを見せていて、確かに獰猛といえる。紫月はそれこそ憎まれ口をぶつけるくらいしかできずに、鐘崎のペースに嵌められていってしまう。いつものことだ。 「……ったく! この極道――!」  言ったと同時に今度はクルリと体勢をひっくり返されて組み敷かれる。 「極道相手に”極道”とは芸がねえぞ」  鐘崎は不敵に笑う。いつだってこうなのだ。ひと言ひと言は短く、声音は低い。だが中てられそうな色気を含んでいるのも紫月にとっては堪らなく憎らしい代物だ。  夜はいつも浴衣姿でいる鐘崎の襟元からは、見事な紅椿の彫り物が入った筋肉質の肩先が覗いている。元々ルーズに着崩していた着物の袷が、たった今の絡み合いで更に開けて逞しい胸板を惜しげもなく晒す。堂々たるそんな仕草からは、雄の色香が匂い立つようなのだ。  観念したように、紫月は目の前の男の唇に自らの唇を重ねるのだった。 「……ふん、仕方ねえから……抱かれてやるよ」 「それでいい。素直になった褒美だ、念入りに愛してやるさ――」 「……ッあ……、ク……ッ」  冰が周の腕の中で至福の吐息を漏らしていた同じ頃、一之宮紫月もまた愛する男の強い腕の中で恍惚に溺れたのだった。 ◇    ◇    ◇

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