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周焔編(氷川編)59

「別にバレたところで気にすることなんざねえさ。なあ?」  わざわざ真田本人に訊いてくれるなと思うようなことを悪気もなく口にする。冰はいよいよ居たたまれなくなって、目眩がしそうだった。 「坊ちゃまのおっしゃる通りでございますよ。雪吹様がお気に病まれることはございません。何せこの真田、坊ちゃまのおシメを変えてお育てしてきたのですから、今更どんなお姿を拝見したとて驚きは致しません。ですから雪吹様もご心配やご遠慮をなさらずに、どのようなことでもこの真田を頼っていただけるのが一番の喜びでございますよ」 「おいおい、おシメの話までさかのぼらんでもいいと思うが――」 「これは失礼――。ですが、この真田には坊ちゃまが雪吹様に寄せられるお気持ちがとうに分かっておりました故。お二人のお心が通われたことは本当に嬉しいことと喜んでおるのでございます」  だから何事も気に病まずにドーンとお任せくださいと言いたいのだろう。大袈裟なくらいに背筋を伸ばして、胸に手を当てたその格好からは真田のユーモアが感じられる。彼からすればまだまだ年若い二人の門出を祝うような気持ちでいるのだろう。わざとユーモラスにそんな仕草を交えながら言ってくれるひと言は本当に温かく、冰はアタフタとしながらも恥ずかしそうにうつむいたのだった。  その後、ブランチには珍しく和食が出されて驚いたのだが、メニューの中に赤飯が添えられて出てきたのには、さすがの周もやれやれと苦笑させられるハメとなった。これも真田の気遣いなのだが、こうもあからさまに祝われると冰などはそれこそ穴に埋もれたいような心持ちになってくる。 「ま、真田は俺が産まれる時にも分娩室の前まで来てかじり付いてたってくらいだからな」 「……そうなんだ。じゃあ、真田さんはもう三十年以上前から白龍の家の執事さんだったの?」 「元々は実母の家の執事だったんだ。初出産と聞いて、わざわざ香港まで飛んできたらしいぜ?」 「うわぁ、すごいね。真田さん、その頃から家族のような方だったんだね」 「そうだな。俺は真田に育てられたようなもんだからな。大袈裟なところもあるが、勘弁してやってくれ」  周が赤飯をかき込みながらそう言って笑った。  きっと真田本人は喜ぶ気持ちのままにハツラツとしながらこの膳を用意してくれたのだろう。冰の脳裏には誇らしげに胸を張りながら支度を整える彼の姿が目に浮かぶようだった。  もしも黄老人が生きていたら、きっと真田と同じように喜んでくれただろうかと思うと、涙が滲みそうになる。温かい人々に見守られる幸せを心底噛み締めながら、自らもまた有り難く赤飯を口に運んだ冰であった。 ◇    ◇    ◇

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