60 / 1180

周焔編(氷川編)60

 鐘崎遼二(かねさき りょうじ)一之宮紫月(いちのみや しづき)が揃って氷川白夜こと周焔を訪ねたのは、次の日の夕刻のことだった。  本当は午後のティータイムに間に合うようにと、例のホテルのラウンジでケーキを買って手土産にするつもりが、昨晩のことが祟って起きられなかったのである。結局、朝方近くまで鐘崎に貪られた紫月は、陽が傾き出した頃になってようやくと床から起き上がることができたのだった。 「ったくよー、ちっとは加減しろっての! お陰でこんな時間まで爆睡しちまったじゃねえかー」  紫月がブツクサと文句を垂れるのを横目にしながらも、鐘崎は薄く口角を上げるだけで、まるで堪える様子もない。 「いいじゃねえか。どうせ週末なんだ。たまには寝だめもいいもんだ」 「そういう問題じゃねって!」  反省の様子もまったくないが、それでも買ったケーキや他の荷物は進んで持ってくれているあたりは彼のさりげないやさしさといえる。紫月はやれやれと苦笑させられつつも、毎度のことながら彼の色香に抗えない自分も認めざるを得なくて、結局丸め込まれてしまうわけだった。 「よう! 昨夜は悪かったな」  そんな二人が訪ねて行くと、氷川こと周はたいそう上機嫌な様子で出迎えてよこした。昨夜の無愛想さとは別人のようで、さっさと電話を切ってしまったことを素直に謝り、これまでは散々渋っていた冰の紹介も自らしてよこすくらいなのだ。  そんな様子に、鐘崎は微苦笑で隣の紫月へと耳打ちする。 「あの様子じゃ氷川の方もよろしくやったってところだろう」 「え!? ってことは、ついに冰君と……ってことか?」 「おそらくな。お前の電話が引き金になったんだろうが、ようやくと冰に告る決心がついたってところだろう」 「ほーお? そんでヤツはああも上機嫌ってわけか」 「いわばお前が縁結びをしてやったってことだ。いいことをしたな」  鐘崎はクスッと笑いながら紫月の細い腰を抱き寄せた。 「ほら、土産だ。紫月から冰に――とな」  手にしていたケーキの箱を冰へと手渡す。 「あ……りがとうございます!」  冰は箱を受け取りながら、もらってもいいの? といった表情で周を見上げる。 「じゃあ真田に言って茶を淹れてもらうか」  周に言われて、冰は早速受け取ったケーキを真田の元へ届けに向かった。実のところ、こうして何かする用事があることが冰にとっては有り難いのだ。  昨夜の長電話のお陰で一之宮紫月の方とはある程度親近感を持つことができたものの、彼と連れ立っている鐘崎の方の雰囲気には緊張せざるを得ないといったところだったからだ。  初対面なのに、のっけからの呼び捨てといい、仕草も物言いも一見偉そうながら心がこもっているようで、冰はこの鐘崎に対して周とよく似ているという印象を持ったようだった。  それにしても紫月は話しやすく柔和な雰囲気ながら、顔立ちは美しいといった形容しか思い浮かばないほどの超美形だ。周のように大人の男の色気とはまた別のものだが、黙っていれば近寄りがたいほどの綺麗な顔立ちには思わず見とれてしまう。  鐘崎の方もそれに似合う男前で、硬派な雰囲気はある種の圧を感じさせるが、デキる男というのだろうか。彼もまた裏社会に生きる人物だと聞いていたこともあって、気軽に会釈を交わせるようなタイプでは決してない。  そんな鐘崎だが、伴っている紫月に対しては人前でも堂々と抱き寄せたりしていて、彼を見つめる時の視線だけは別人のようにやさしげだ。二人はいい仲だと聞いていたが、確かによくよく似合いのカップルだと思う冰だった。

ともだちにシェアしよう!