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告げられないほどに深い愛5

 紫月の部屋は道場のある母屋とは渡り廊下一本で繋がった離れにある。親と同棟の煩わしさがないせいか、学生時代はよく悪友共と押し掛けては、気ままに騒いだのが懐かしい。  部屋に入ると、鐘崎はすかさず背後から紫月の身体を引き寄せ、抱き締めた。 「夜中に叩き起こしちまったか。世話掛けてすまなかった」 「いや……まだ寝てなかったし構わねえ。まあ、地下のベルが鳴るってのは未だにちょっとは焦るけどな」  そうなのだ。道場の表玄関からの来客用とは別音にしているそのベルが鳴るということは、緊急を意味する印だからだ。  察しの通り地下には医療設備がある。そして、そこへやって来るのは鐘崎のところの関係者しかいない。つまり組の誰かが怪我を負ったか体調を崩したという以外に地下のベルが鳴ることはないというわけだ。  彼らの組織は危険を伴う仕事を多く請け負っている為、特に怪我は付き物といえる。  事前に電話連絡が入ることもあるが、今日のように余裕がない時などは直接怪我人が担ぎ込まれることも少なくないので、紫月らにとってはあまり心臓にいいものではない。下手をすると命にかかわるような重傷ということも有り得るからだ。 「今回は出血量が多かったからな。最初にそれ目にした時はさすがに肝が冷えたわ。橘には申し訳ねえが、やられたのがお前じゃなくて正直ホッとした……」  溜め息と共にそんなことを言った紫月を抱き締めながら、鐘崎はチュっと軽くその髪に口付けた。 「心配掛けたな」 「……ッ、まあな。()りゃー、まだてめえの亡骸(なきがら)なんぞ見たくはねえからよ」  ぞんざいな言い方で目一杯強がるも、内心では深く心配している様子があからさまだ。 「大丈夫だ。お前がそう思ってくれてる内は簡単にくたばりゃしねえさ」  鐘崎は言うと、背後からの抱擁を解いて紫月の頭をクシャクシャっと撫でた。 「――それじゃ、そろそろ引き上げるとするか」  ハンガーからコートを手に取る姿を眺めながら、紫月はクッと瞳を細めた。 「ゆっくり休めよ。それと……あんま無理すんな」 「ああ。お前もあまり寝る時間がなくなっちまったな。少しでも寝ておけ」  鐘崎は帰りざまにもう一度軽くハグをするように抱き寄せると、首筋に触れるか触れない程度の小さな口付けを落としてから部屋を後にしていった。 「ふぅ……。ったく、相変わらずなんだからよ……」  紫月はその後ろ姿を見送りながら、小さな溜め息を漏らすのだった。

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