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告げられないほどに深い愛12

「おい――、てめえはそんなに俺を妻帯者にしてえのか?」  元々低めのバリトンに凄みが混じったような声音からは本気の不機嫌が見てとれる。さすがに節介が過ぎたかと、紫月はアタフタとさせられてしまった。 「ンな、マジんなって怒ることねえじゃん。俺ァ、ただ……組の皆も早く姐さんを望んでるんじゃねえかって思っただけだって」 「ふん、形だけの姐なんぞ必要ねえよ」 「またまたそんな言い方しやがるー。てめえももういい歳なんだしよー、そろそろ先のことも……」  そう言い掛けた時だった。 「他人のことよか、てめえはどうなんだ。いい歳だってんならお互い様だろうが」  またしてもドスのきいたバリトンでそう詰め寄られて、紫月はタジタジと苦笑させられてしまった。 「俺ンことはいいんだよ。てめえン家と違って背負ってるモンもねえしさ。いずれはこの道場を継ぐだけだし」  要は極道の裏社会で組を構えている鐘崎とは肩の荷の重さが違うと言いたいのだろう。 「――そんなに俺ン組のことを考えてくれてんならお前が嫁いで来りゃいいだろうが。それで万事解決だ」  じっと見つめてくる瞳は真剣そのものだ。決して冗談や冷やかしで言っているというわけではなさそうであるが、それにしても堂々が過ぎる。こうもあからさまに言われると、逆にブラックジョークと受け取れなくもない。咄嗟の返しもままならず、紫月は至極一般的な返答しか思い付かなかった。 「おいおい……冗談言ってる暇があったら、ちっとは真面目に……」  呆れたように肩をすくめんとしたが、未だ変わらぬ真剣な眼差しに見つめられて、そこから先の言葉が出てこなくなってしまう。 「――紫月、俺は組の為に女を(めと)る気はねえし、好きでもねえ奴と縁組みするつもりもねえ」  さすがに極道の世界で育っただけあって、短い言葉の中にも凄みを感じさせる鋭さがある。食い入るような眼力を直視できずに、紫月は思わず視線を泳がせてしまった。 「わーったよ! 俺が悪かった。もう節介は言わねえから、ンなに睨むなっての」 「節介だなんて思っちゃいねえ。組のことを考えてくれてるお前の気持ちは有り難えと思ってるさ。ただ……」  鐘崎はそこで一旦言葉をとめると、 「体裁の為だけの結婚なんぞするつもりはねえってことだ。俺が本気で……心の底から欲しいと思った奴なら何が何でも手に入れる。例えどんなに時間が掛かってもな」  それだけ告げると、『そろそろ帰る』と言って鐘崎は腰を上げた。 「……ンだよ、まだ来たばっかなのに。つか……気に障ったんなら謝る……」 「気になんぞ障っちゃいねえ。お前は何も悪くねえ。――俺がガキなだけだ」  わずか苦笑と共にクシャクシャっと頭を撫でてよこすと、『じゃあな』と言って部屋を後にした。  広い背中がどことなく憂いを帯びているように思えるのは何故だろう。いつもは堂々と逞しい肩も、力をなくして落ちているようにも見えてしまう。 「ンだよ……相変わらずワケ分かんね……し」  さすがに節介が過ぎたかと思いつつ、ブツブツと愚痴を呟いてみるも、急激な孤独感が襲いくるようで、次第に心が塞いでしまいそうだ。 「つか……俺もバカ……。何でいっつも……突っ掛かるようなこと言っちまうんだろ」  鐘崎を目の前にすると、どうしてか言わなくてもいいことが口をついて出てしまうのだ。紫月はそんな自分が嫌だった。

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