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告げられないほどに深い愛22
「組長さん、そちらがお嬢さんで――?」
状況にそぐわないくらい落ち着いた声音でそう訊いた紫月を見るなり、道内は片眉を吊り上げながらソファから立ち上がった。
「なんだ、てめえはッ!? 若頭はどうした!」
「若頭は不在です」
「不在だとっ!? ふざけるな! こちとら娘が手籠めに遭ってんだ! どう落とし前つけてくれる!」
如何にもわざとらしく被害者面を装っている。娘の方も肩を震わせながらうつむいたままだ。はたしてそれが演技なのかそうでないのかは、一見しただけでは判断しかねる。だが、彼女の青痣を見る限り、紫月には鐘崎の仕業ではないことが確信できた。
「――失礼ですが、お嬢さんはお幾つですか?」
丁寧に紫月は訊いた。すると道内は、より一層いきり立ったようにして怒鳴り返してきた。
「よくぞ訊いてくれたな! うちの娘はまだ十九歳だ! 未成年に手を出しやがって、ただで済むと思うなよ!」
「――そうですか。ではこちらも失礼を承知でうかがいますが、未成年のお嬢さんを何故酒の席に連れて行かれたのですか? しかも今夜の会合は仕事絡みとうかがっておりますが」
道内にとっては痛いところを突かれた質問だ。
「それは……! か、鐘崎の野郎がそうしろと言ってきたからだ! 俺に娘がいることを知っていやがったのか、灼のひとつもさせろって言うから! こ、こっちも仕事を頼む以上……そんくらいの要望ならと思って、娘を連れてった。それなのにあの野郎……ッ、いきなり俺の鳩尾に一発食らわせやがって! その場で娘を強姦しやがった! 俺は身動きが取れねえまんま、ただ見ているしかできなかったが、あいつは嫌がる娘を引っ叩いて汚ねえ欲を剥き出しにしやがったんだ! 大事な商談だからって人払いまでさせたのもあいつの方だ! 最初っから娘が目当てだったに違いねえ!」
まるで立て板に水の如く、ベラベラと言いたい放題だ。鐘崎組の組員たちは怒りも心頭――若頭がそんなことをするはずがないと、今にも殴り掛かりたいのを必死で抑えているといった表情で唇を噛み締めている。
だが、紫月は冷静にその場で自らの上着を脱ぐと、対面でうつむいている娘の肩を覆ってやりながら言った。
「――組長さん、あんたそこまでして鐘崎組と縁を持ちてえか? うら若えお嬢さんにこんな格好させて、男連中の前で晒し者にして……! それが親父のすることかよ」
口調は冷静で、怒鳴るでもなければ至って丁寧だが、道内を見据えた紫月の視線の中には揺るがない怒りの焔が静かに燃え盛っているといったふうだ。
何より驚いたのは道内の娘だった。上着を掛けてくれた紫月を見上げたまま、驚愕の表情を浮かべている。まさかこんなふうに庇ってもらえるとは思ってもみなかったのだろう。道内にとってもまた然りだったようだ。
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