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香港蜜月29
如何に冰がデキるディーラーであろうと、さすがに足が震えるような金額だ。ファミリーの側近たちは無言ながらも、チラリと互いに視線をくれ合って、どうしたものかと動揺が隠せない。冰のガードに付いている周でこそ、また然りだった。
「ディーラー、こちらのお客様の言い分は論外です。これではゲームになりません。お受けになる道理はないかと」
怪しまれないようわざと丁寧な言葉使いで平静を装いつつも、目配せで無理をするなと訴えている。動向を見守る鐘崎も紫月も、そしてレイも、皆一様にその通りだという顔をしていた。
帽子の男がこれだけ自信満々で言うからには、カードにも何らかの仕掛けがなされているに違いないからだ。
「……そうですね。ですが、ここでお断りすれば当カジノの面目が立ちません……」
冰は、少し困ったなといったふうに表情を固くする。それを見た男の方は、得意顔で嘲笑の眼差しを細めてみせた。
確かにルーレットでの腕前は認めざるを得ないが、別のカードゲームではその手腕を振るえないだろうとばかりに余裕綽々なのだ。冰の顔付きからも戸惑いの様子が見て取れるので、痛いところを突いてやったというふうにして、更に追い詰めに掛かってきた。
「どうなんだ、ディーラー? 自信がないなら無理にとは言わねえ。そのかわり、このカジノでイカサマがあったことをマスコミに暴露するまでだがな」
高笑いする男に、
「……仕方ありません。当カジノでイカサマはございませんし、それを分かっていただく為にもお受けするしかないでしょう」
そう言って、冰は隣のカードゲームの卓へと歩を進めた。
「お客様も、それからご観覧の皆様方もどうぞこちらへ」
ギャラリーの観客たちを促しながら、テーブルの上に置かれていたカードの束を扇状に開いてみせる。そして、それらを開いたり閉じたりして観客を楽しませるべく、ある種マジシャン的な動作で魅せる演出を披露する。
その様子を窺いながら、男は内心でほくそ笑んでいた。
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