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香港蜜月32

 こうして一時焦燥感に包まれた周ファミリーのカジノは無事に難を逃れたばかりでなく、冰の手腕によって敵の賭けた法外な金額を売り上げとして回収することまでできたわけだった。  源次郎らの調べで、彼らを送り込んだ組織は歓楽街の飲食店を表蓑にして、裏で違法賭博を行なっているチンピラ集団だということが判明した。いわゆるマフィアにはなり切れない中途半端な組織ということだ。小者と言ってしまえばそれまでだが、だからこそ仁義も礼節も持ち合わせていない無法集団であることも事実である。  彼らの中にたまたま物理化学に少し精通している者がいたらしく、磁気を使った細工を思い付いたらしい。工場に送り込まれた仲間も芋蔓式に捕まることだろう。  周らが危惧していたように、ファミリーのカジノを乗っ取るというような大掛かりな企みではなかったわけだが、春節の一大イベントを機に、少しまとまった金を稼ごうというのが目的だったようである。  結局、イカサマ騒ぎがあったことでこの夜の春節イベントはお開きとなったが、頭領の隼の計らいで日を改めてイベントのやり直しが約束された。時期は春の花々が咲き誇る頃に必ずということで、客たちも納得して解散となった。 「いやぁ、ものすごいものを見せてもらった!」 「本当に! さすが頭領・周のカジノだ。ディーラーも一流だ」 「ああ、ベガスでも滅多にお目に掛かれんですな」  皆、口々に興奮を語りながら帰路につく様子からして、不満どころか感嘆の渦といったところだ。本来、カジノにとっては不祥事といえるイカサマ騒動を、冰は見事に感動の嵐に変えたのである。  そうしてすべてが片付いた後、ファミリールームへと戻った冰を待っていたのは、隼からの強い抱擁だった。周に寄り添われて扉を開けるなり大きな胸の中に抱き包まれて、冰は瞳をパチパチとさせてしまった。 「冰! 良くやってくれた! お前のお陰でカジノは救われた」  ガッシリと腕の中に包まれての力強い抱擁に、思わず窒息しそうになる。 「お、お父様……! ぷは……ッ」 「あ、ああ……すまない。つい加減を忘れてしまった」  つまり、それほど感激したということだろう。隼は抱擁を解くと、改めて冰の前で腰を屈めながら彼の手を取って、まるで中世の貴族がするように敬愛の口付けをしてみせたのだった。  マフィアの頭領である彼がこんなふうに誰かに敬意を表すのは、非常に珍しいことといえる。それは息子の周であっても、おおよそ滅多にお目に掛かれない仕草だった。 「お、お父様……あの……ッ」  勿体ないほどの扱いに、冰はオロオロと恐縮しきりである。だが、父の隼に続いて、兄の風までが同じように冰の手の甲へとキスをしながら頭を下げたものだから、冰はそれこそもうどうしていいか、またまた機械仕掛けの人形のようにぎこちない動きで硬直するばかりであった。  それを見ていた側近たちも隼と風がこうまで丁寧にするものだから、当然のように驚き顔でいたが、だが彼らも冰の活躍を目の当たりにしていたこともあって、納得させられた様子だった。

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