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香港蜜月38

「きっと疲れが出たのかもですね」 「ああ。何だかんだで気を張ってただろうからな」  忍び足になりながら互いを見合ってクスッと微笑む。 「……っと、確かこの辺にしまってあったよな?」  紫月はクローゼットから掛け布団を取り出すと、冰にもそれを渡して、別のもう一枚を鐘崎のもとへと持っていった。 「あーあ、靴履いたまんま寝ちまって! しゃーねえなぁ」  大きな革靴を脱がしてやりながらクスッと笑う。 「おい、遼。ジャケットも脱げって。これじゃ寝づれえだろー」  甲斐甲斐しく身体を左右に転がしながら上着を脱がしてやっている。かなり遠慮なしに揺すっているにもかかわらず、鐘崎は軽いイビキまでかきながら一向に起きる気配がない。 「……ったく、こーゆー時にでっけえと苦労するぜ」  呆れたジェスチャーながらも、その視線はやわらかで愛情に満ちあふれている。  一方、周の方は既に機内用のスリッパに履き変えていたようで、靴は端の方に揃えて置いてあったのだが、冰もまた彼が寝やすようにと丁寧に靴下を脱がせてやったりしていた。 「白龍、靴下は脱いだ方が疲れが取れるからさ。ちょっとごめんね?」  冰の方はなるべく起こさないようにと、声もひそめ気味でそっと片方ずつ脱がしては、綺麗に畳んでチェストへとしまっている。  紫月も冰もやり方は正反対というくらい雑であり丁寧であったりするのだが、恋人を愛しく想う気持ちは一緒なのだ。 「……ったく! 寝てる時はこんなあどけねえツラしてんのに、エッチになると途端に動物化するしよー。なのにイビキさえ愛おしいー! って俺、相当やべえな」 「うーん、やっぱ寝顔もカッコいいよねー……。神様の芸術品って感じ! でもさぁ、見てる方はしょっちゅうドキドキさせられて……こういうの”罪”っていうんだよ」  言い回しはまったく違うが同時に声が重なって、紫月と冰は互いを見やってしまった。 「あ……ははは! やっべ、聞かれちまったってか?」 「お、俺の方こそ……」  紫月はポリポリと頭を掻きながら照れ笑いをし、冰は俯き加減で頬を染めながらはにかんでいる。二人は同時にプッと吹き出してしまった。 「んじゃ、俺らはあっち行ってケーキでも食うか」 「ですね!」  小声で囁き合い、それぞれすっぽりと掛け布団をかけてやると、ルームの灯りを落としてそっとドアを閉めたのだった。 ◇    ◇    ◇ 「おや、お二方。お早いお戻りで。坊っちゃま方はお忙しいご様子でしたか?」  早々と戻って来た紫月らに真田が目を丸くしながら訊いた。 「いえ、実は白龍も鐘崎さんも寝ちゃってまして」 「遼なんかイビキまでかいて、突っついたってビクともしませんよ!」 「おや、まあ! それはそれは」  真田は朗らかに笑いながら、 「きっとお疲れが出たのでしょう。日本に帰ればまたすぐにお仕事が待っていらっしゃるお二人ですから。しばし、天使の休息といったところですな」  ほほほと笑いながら、早速にお茶のおかわりを淹れてくれる。 「真田さんもお疲れでしょう。ご一緒にお茶をしましょうよ! 源次郎さんもお呼びして四人で!」 「あ、それいいな! 鬼の居ぬ間のケーキターイム! なんつって。俺、源さん呼んでくるわ!」  紫月が身軽に席を立つと、真田が『そういえば』と言って笑った。 「確か、行きは冰さんたちが眠ってしまわれたんですよね。坊っちゃま方が残念そうにして戻ってらっしゃったのを思い出しました」  あの時も周から『気遣いはうれしいが、たまにはお前もゆっくりしてくれ』と言われてお茶に誘ってもらったのだと真田は言った。 「坊っちゃまも冰さんも本当におやさしくしてくださって。真田は本当に幸せ者でございます」 「そんな! こちらこそ、真田さんはじめ皆さんにはいつも本当にお世話になりっ放しで! どんなにお礼を言っても足りませんよ」  朗らかな笑みを交わし合う二人は、まるで家族のごとく、その表情は幸せに満ちあふれていた。  カジノでのイカサマ騒動などハプニングもあったが、周の家族にも会えて、また黄老人の墓参りもできたしで、心に残る素晴らしい旅だった。帰国後も周と、そして真田や鐘崎、紫月らと共に過ごせる幸せを改めて実感する冰であった。 香港蜜月 - FIN -

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