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香港満月

 紫月と冰がそっと部屋を出て行ったそのすぐ後のことだ。 「おい、氷川。起きてんだろうが」  モゾモゾと寝返りを打ちながら対面のソファを見やると、 「まあな。やっぱりてめえも狸寝入りしてやがったか」  二人は同時に起き上がると、恋人たちが掛けていった布団を愛しそうに眺めながらクスッと笑い合った。 「まあ、最初はうつらうつらしてたのは本当だがな」 「あんまりに可愛いことしやがるもんで、起きるに起きられんかった」  二人、共に思いは同じだったようだ。 「あのまま布団に引きずり込んでも良かったんだが……」  そうすると愛しさが募って、ただ添い寝するだけではおさまるわけもない。 「いくら何でもてめえと一緒の部屋でおっ始めるってのもな……?」  鐘崎が苦笑すれば、 「言えてるな。冰の可愛い声を聞かせてやる義理もねえしな」  周も同じように不敵に笑った。  二人は裏社会に生きる精鋭だ。如何に寝入っていたとはいえ、他人の気配を感じ取れないまま無防備でいるわけはないのだ。  当然、紫月らが部屋を訪れた時から気がついていたし、そのまま起きてしまってもよかったのだが、彼らが布団を掛けてくれたり、寝やすいように上着を脱がしてくれたりと、あまりに可愛らしいことをするものだから、起きるに起きられなくなってしまったわけだ。  だが、そのお陰で恋人たちからは嬉しい言葉を聞くこともできたし、甲斐甲斐しく気遣ってくれる様子も体感できて、大黒柱たちにとっては思わぬところで愛情を確認できたのだ。  添い寝して、あわよくばそのまま抱き締め、愛を紡ぐのもいいが、それとはまた違った形での幸せを感じることができたのは新鮮だった。 「たまにはこういうのも悪くはねえな」 「まったくだ」  ああも可愛いと欲情を我慢するのは厳しいところだが、それ以上にあたたかい気持ちに包まれて、言葉では言い表しようのない嬉しさが泉のように湧き上がるのだ。 「……ったく、可愛いったらねえな」  往路(いき)と同様、一字一句違わず同時に呟いて、二人はまたも苦笑し合ってしまった。 「せっかくだ。あいつらの気持ちに甘えて、少し休んでいくか」 「ああ、そうだな」  周と鐘崎はそれぞれの恋人たちが掛けてくれた布団を愛しげに見つめながら、その暖かな温もりに包まれるように瞼を閉じたのだった。 香港満月 - FIN -

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