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狙われた恋人12

 ひとたび、重い沈黙の時が続く。  苦しむ周が出した答えは、真っ向から敵と向かい合うことだった。 「焔、番号を入手できたぞ――」  僚一からの報告を受けて、周は迷わずに通話を決意した。  鐘崎や紫月、李ら周りの者たちが不安げに見守る中、毅然とした態度で番号を押す――。しばしのコール音の後、ようやくと相手が通話に出た。 「張敏か。そこに雪吹冰がいるな?」  低く重々しい声がそう訊くと、スマートフォンの向こうでは怪訝そうな声が応答した。 「……誰だ」 「周焔だ。雪吹冰を拉致したのはお前だな?」 「……何の話だ。言っている意味が分からないが」  相手は確かに張本人なのだろう。はぐらかしてはいるが、周焔と名乗ったと同時にスマートフォンの向こうの息遣いが瞬時に強張ったのを聞き逃すはずもなかった。 「周焔さんという名前には聞き覚えがあるが、まさかあの香港の頭領・周の息子さんか? 面識はないはずだが、いったい俺に何の用だ?」 「うすらっとぼけるな。雪吹冰は俺の家族だ。貴様、とんでもねえことをしてくれたもんだな」 「家族だと? 確か彼は黄の養子だったはずだが。人違いじゃないのか?」  平静を装ってはいるが、張という男は相当焦っているのだろうか、自ら冰についての素性を口走ってしまっていた。つまり、彼が冰とまったくの無関係ではないということを、今のひと言で暴露してしまったわけだ。 「黄の養子だったなどとよく知っているもんだな。冰のことを探りやがったわけか」 「探ったなどと人聞きが悪い言い方はやめてもらいたい。まあ……確かに彼は今、ここにいるがな」  やはりか――!  素直に認めたところを見ると、突然の電話の相手が想像もしていなかった周という大物だと知ったからだろうか。下手にシラを切っても香港の裏社会を仕切る周一族が相手では、分が悪過ぎると踏んだのだろう。早々に認めて開き直るつもりなのかも知れない。 「……ッ、では聞くが、周さんこそ彼に何かご用か? こちらはただ、彼をディーラーとしてウチのカジノにスカウトしたいと思い、少々お付き合いいただいたまでなんだが」  案の定、こちらから訊きもしない内から冰を連れ去った理由をペラペラと並べ立ててくる。 「スカウトだ?」 「確か周さんのところもカジノを経営しておられるようだが、雪吹君はお宅のディーラーというわけではないだろう? 俺だって他所のディーラーに手を出すなんてことはしないさ。彼は現在日本の商社に勤める会社員と聞いている。それならどこのカジノにも迷惑が掛かる話じゃないとスカウトを考えたまでなんだがな」  いったいそれのどこが悪いんだと言いたげだ。言い訳にしても、もっとマシなことが言えないものかと、周は憤りを隠せなかった。

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