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狙われた恋人16

「――まあいい。立派な道具の使い道も分からんヤツらにキミを持たせておくのは勿体ないというものだ。俺がもっと有意義に使ってやるさ」 「道具って……」 「既に空港には周の手が回っているだろうからな。とりあえず時間を稼ぐ為、裏ルートで空港を脱出し、ヤツらを上手く巻いたら邸へ戻る」  そうして一晩かけて車を数台乗り継ぎ、各所を転々とした後、夜が明ける頃になって冰は張の邸へと連れて来られたのだった。 「見たか? やはり周の手先がこの邸を見張っていたようだ」 「え……?」 「邸の周辺に怪しい車がいるのを確認している。俺たちが帰って来るのを張っていたんだろう。さほど時を待たずして周がキミを取り返しにここへやって来るだろう。そうしたらキミは自分の意思で俺の元に居たいと言うんだ。さもなくば……」  不敵に笑った張の背後から現れたのは、銃を手にした部下らしき男が二人、ニヤニヤと薄気味悪い笑いを浮かべていた。 「この中には鈍行性の毒薬を仕込んだ吹き針が入っている。体内に入れば跡形もなく消えるという特殊な針だ。もしもキミがヘタなことを言えば、この二人が周にこれを打ち込むぞ」 「そんな……!」 「傍目には打たれたと分からない精巧な代物だ。ここを出て小一時間もすれば徐々に毒が回るようになっている。我々が手を下した証拠を残さずに周は原因不明の発作を起こしてお陀仏となる」  冰は蒼白となった。 「それが嫌なら周が迎えにやって来たらこう言うんだ。キミは周一族の元で秘書などしているより俺のカジノでディーラーとしての人生を歩みたくなったとな。素直に言う通りにすれば、周には手を出さないでやる」 「そんな……! やめてください、そんな酷いこと……」 「俺は欲しいものはどんな手を使っても我がものにする主義だ。これまでだってそうやってすべてを手に入れてきたんだ。店もこの邸も、ここまでデカくするのにはそれなりの代償も払ってきた。キミという出来のいいディーラーを使ってもっともっとデカくなってやるさ」 「そんな……」 「とにかく! 周を生かすも殺すもキミ次第だ。考えるまでもない。簡単なことだろう?」  張が勝ち誇ったように笑う傍らで、冰はグッと拳を握り締めた。  もうすぐ周がやって来る。彼のことだ、既に此処を突き止めているようだし、早々に彼が自ら迎えに来てくれるだろう。だが、来ればとんでもない罠が待っている。  周のもとへ帰りたいのは言うまでもないが、彼を守るにはここへ残るしかない。何かの策を講じようにも時間はない。苦渋の中で冰は以前に紫月から聞いた言葉を思い出していた。

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