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狙われた恋人21
「張敏――空港で冰を引き渡す約束だったはずだが?」
穏やかな口調ではあるが、凄みも垣間見える鋭い視線で先に会話を仕掛けたのは周の方からだった。
「周焔さん、約束を破ったのは申し訳ない。だが、こちらとしても少々状況が変わったものでね」
張がニヤけまじりで勝ち誇ったように対面を買って出る。
「状況が変わったとはどういうことだ――」
「ふ――。実はこの雪吹君が、あんたの元にいるよりも俺のところに来たいと言い出したんだ」
余裕の上から目線で笑った張を周の鋭い視線がジロりと射貫く。
「冰がお前の元に行きたいだと? ふざけたことを抜かすな――」
「……はは、ふざけてなんかいないさ。そんなおっかない顔をしないでいただきたいね。嘘だと思うなら雪吹君本人に聞いてくれるといい」
張はあからさまに呆れた仕草で両肩をすくめながら、冰へと会話を振った。
「――冰、いいからこっちへ来い。俺が来たんだ。もう何も心配することはねえぞ」
張を無視してそう言葉を掛けた周を驚かせるような返事がなされたのは、その直後だった。
「焔兄さん、ごめんなさい。張さんの言う通りなんだ。俺、このまま張さんのところでお世話になりたいんです」
堂々と言ってのけた冰に、周のみならず鐘崎と源次郎も驚いたようにして目を見張った。
張と冰、そしてその対面のソファに掛けた周と鐘崎、源次郎――両者の間に少しの沈黙が流れる。
「――ほう? 俺の元にいるより、この張の側で暮らしたいとでも言うわけか」
しばらくの後、面白そうに口角を上げながら周が口を開いた。
その様子を眺めていた張にしてみれば、表面上では余裕をみせながらも内心では憤っているように受け取れたことだろう。だが、周には冰が仕掛けた芝居だということが分かったので、いち早くそれに乗っかったわけなのだ。
まずは、『焔兄さん』という呼び方からして、普段の冰では有り得ない言い方だ。言葉遣いも飄々として若干乱暴だし、わざとそうしているのだということは聞かずとも分かる。周はむろんのこと、鐘崎も源次郎も同様で、すぐさまこの芝居の中から冰の真意を読み解く方向にシフトしたのだった。
一方、周の不敵な笑顔から彼がこちらの意向を理解し、乗っかってくれたことを察した冰は、何はともあれ心の中でホッと胸を撫で下ろしながらも、決して顔には出さずにそのまま芝居を続けた。
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