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狙われた恋人20

「よし、通せ」 「相手は三人で来ています。周焔と、若い世話係だという男が一人に、もう一人は執事だとか抜かしていますが初老の男です。奴ら全員を通してもよろしいんでしょうか?」 「構わん。今更、何人で来ようが周に何ができるわけでもなかろう。それに……もしもゴタつくようなら、手始めに周の手下の奴らに毒針を試すのも面白いというものだ」  この後に及んでまだそんなことを考えているというわけか。鼻で笑う張の横で、これはいよいよ覚悟をもって演じなければと肝に命じる冰だった。  部下に案内されて姿を現したのは、冰にとってこの世で一番愛しい男――周焔その人と、彼の付き添いで来てくれたのだろう鐘崎と源次郎の三人だった。 ◇    ◇    ◇  周の姿を目にした途端に冰の心は激しく揺さぶられた。  どんなに見慣れようと、幾度でも心臓を鷲掴みにする男前ぶり、何気ない仕草のひとつひとつ。鋭い中に垣間見えるやさしい視線、低く落ち着いたバリトンボイス、その存在すべてが心拍数を跳ね上げる。  戻りたい。今すぐにでもあの腕の中へ飛び込んでしまいたい。だが、そんなことをすれば周はむろんのこと、一緒に付いて来てくれた鐘崎や源次郎まで危険な目に晒すことになるのだ。冰にとっての正念場だった。  一方、周の方も当初の約束を反故にされた手前、一晩中姿をくらまされたことで冰に変わった様子がないかということを気に掛けていた。もしかしたら色事に派手だという張が、既に冰を手に掛けているかも知れないと、気が気でなかったからだ。  だが、一見したところ冰に変わったところは見受けられない。怯えているふうでもないし、心身共に傷を負っているといった様子でもない。ただ――そんな冰の落ち着き過ぎているとも取れる雰囲気が、逆にいつもと違っているように思えるのも事実だった。具体的にどこがどうというのではないが、強いて言えば普段よりも大人びて感じられるといったところだろうか。春節のイベント時に周家のカジノの危機を救ってくれた際の冰の雰囲気に近かった。  そんな彼を目の当たりにして、周はいち早く異変を感じ取ってもいた。 (何だ――。何をする気だ、冰?)  もしかしたら言葉にはできないが、何か伝えたいことがあるのかも知れない。  周は、冰のわずかな視線の動きや仕草、言葉遣いなどから彼の気持ちを見逃すまいと神経を研ぎ澄ます――。 (白龍……あなたならきっと分かってくれる。そう信じて一世一代、乾坤一擲の俺の賭けを受け止めて――!)  二人は今、互いの絆を信じて、心と心の会話に踏み出そうとしていた。

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