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狙われた恋人30

 そうして、いよいよ夜がやってきた。  勝負は午後の九時からだ。周は黒のタキシードという正装の姿で、その付き添いとして鐘崎と源次郎も同行する。鐘崎の父親の僚一は表からは入らずに、業者を装って裏口から潜入することとなった。万が一の時の応戦用に、銃器類などを密かに持ち込む為だ。それらを化粧室に隠し、表からやって来る周と鐘崎、源次郎が受け取るという算段だ。  他には通常の客にまぎれて周ファミリーの側近と若い衆らがガッシリと脇を固める。頭領の隼と兄の風はカジノ近くに付けたワゴン車の中で待機することとなった。  張の店の外観はさすがにマカオでは一、二を争うというだけあって、立派な構えといえた。香港の周家のカジノに勝るとも劣らないといったところだろうか。 「ほう? 張のヤツも経営の腕は満更でもないようだな」  周が表玄関で店を見上げながら不敵な笑みを見せる傍らで、鐘崎と源次郎は警備に細心の目を光らせていた。 「先に入ったファミリーの側近たちからの報告では、武器を持ったと思われる張の手下共が各所に配置されている様子だ。拳銃なのか毒矢なのかは分からんが、ある程度の配置は見切れたとのことだ。既に親父が二階にある照明コントロール室の係員を眠らせて部屋の占領に成功している。あそこからならフロア全体が見渡せるから、万が一の銃撃などに対応が可能だ」 「警備の方はお前らに任せる。俺は冰の示すメッセージに集中させてもらうぞ」 「ああ、それでいい」  周らがカジノへと入ると、揃いの中華服姿で冰を伴った張が得意満面の様子で出迎えてよこした。 「ようこそ、周焔さん。我がカジノは如何かな?」 「――ああ。なかなかにいい店だ。楽しませてもらうぜ」 「それはよかった。こちらこそ、香港の頭領・周ファミリーのあなたと、このような機会が持てて光栄だ。では早速だがテーブルへ案内させていただこう」  鼻高々といった優雅な微笑みを見せる張の腕は、既に我が物といったように冰の肩に添えられている。それを目にしながら、周は舌打ちしたい気持ちを抑えて表面上は余裕の微笑を装った。  ――と、次の瞬間だった。  周らを案内するべく前を歩き出した張と冰の後ろ姿を目にしたと同時に、周は驚きに息を呑んだ。冰の中華服の背中の文様が視界に飛び込んできたからだ。  真っ白な服地に施されているのは、昼間冰が買ったという即席で付けられるアップリケだろうか。背中全面に三頭の龍と蘭の花の刺繍で埋め尽くされている。  一番下に大きな蘭の花があり、その花から生まれ出でるようにして三頭の龍が天を目指して飛び立つように配置されていたのだ。何より驚いたのが、それぞれの龍の額部分にガラスかアクリル製と思われるアクセサリーが縫い付けられていたことだった。  アクセサリーの色は左の龍から白――つまりは透明のクリスタル。真ん中の龍には黄色、右の龍には黒のアクセサリーが縫い付けられていて、カジノのシャンデリアに照らされてキラキラと光っている。遠目から見れば宝石に見えるような輝きだ。  周は一瞬、息が止まりそうなほど驚かされてしまった。というのも、その配置は母親の香蘭(シャンラン)が考えたという――周本人と父親の(スェン)、そして兄の(ファン)――親子三人の背中にある彫り物を象ったものだということに気付いたからだった。

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