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恋敵37
「ったく、暢気なことだ。だが、とにかくは無事で良かった。お前らが拉致されたと思った時は正直肝が冷えたからな。なぁ、氷川?」
「ああ。実際、戦慄が走ったぜ。もしもお前を無事に取り戻せなかったらと思うと、俺は修羅か夜叉になっちまうところだった」
確かに、拉致された当人たちも大変な思いをしたのは事実だが、それを知った時の周と鐘崎の気持ちを考えれば、当事者以上に動揺したに違いない。事態が分からない故に、有る事無い事想像してしまっただろうし、心配もひとしおだったはずだ。冰は無意識の内に周の腕を取り、しがみつくようにして頬を寄せていた。
あえて言葉には出さずとも、その仕草からは『心配を掛けてごめんなさい』という切ない気持ちが伝わってくるようだ。長い睫毛を震わせる――そんな心やさしき恋人に、周もまた、ますます愛しさを募らせるのだった。
「さて――張から今夜のことは詳しく聞いている。お前たちがあの女の為に金の都合をつけようとまでしてくれたことは申し訳ないのひと言に尽きるが、正直なところそこまでしてやる義理はねえと思っている。特に……冰に嘘偽りを吹き込んで、要らぬ心配をさせたってだけでも許し難いってのに、その上てめえの横領絡みでお前らまで危険な目に巻き込んだ女だ。俺の気持ちとしては到底許せるものじゃねえ。だが、困っているのを見過ごすことができないお前らのやさしい気持ちには感謝でいっぱいだ。女のことはひとまず別として、張の仕事に手を貸すのは大いに賛成だ。いろいろと準備がありそうだが、俺たちも手伝うぞ」
周が決意を秘めた顔つきで言うと、冰はまたもや驚きに瞳を見開いた。
「本当!? いいの……?」
「ああ――。張にもシャングリラの経営をはじめ世話になってるしな。お前が動きやすいように全面的にサポートさせてもらう所存だ。まずは必要なものの買い出しってことだが、賭け金の元手については考える必要はねえ」
「え……ッ!?」
「張の話じゃ、お前が元手から稼ごうとしてくれているってな。えらく恐縮していたぞ? 張は私財を投じて元手を作る労力は端折るつもりのようだったが、それは俺が持つから心配するな。お前の考えた方法で、ここ大一番の勝負だけに集中すればいい」
「いいの……?」
「もちろんだ。お前らをこんな目に遭わせたってのに、そんなことくらいしかできねえのが情けねえがな」
「ううん、そんなこと……! でも……それならすごく助かるよ。勝負に集中できるもの。ありがとうね、白龍!」
冰は安堵の表情で素直に喜んでみせた。
「でもさ、白龍……。あの女の人のことだけど……実は俺、あの人の会社の社長さんにお金は何とかしますって約束しちゃったんだ……。だって闇市に売り飛ばすなんて怖いこと言うから……いくら何でもあんまりだと思っちゃって……。それに、怒らないで聞いてね……? 俺がお金を持って戻るっていう約束の証に……白龍からもらった腕時計を預けてきちゃったんだ」
冰が少々シュンとしながら言うと、周は心底申し訳なさそうに眉をひそめた。
「やはりそうか」
「あ……やっぱり気がついてた? 腕時計をしてないこと……」
「いや、カネが推測した通りだと思っただけだ。それについては俺がカタをつける。腕時計も勿論取り返す」
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