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恋敵38
「白龍……ごめんなさい。せっかく買ってもらった大事な時計なのに……」
「時計なんぞ構わん。例え返って来ずともまた新しいのをいくらでも贈るさ。お前の純粋に他人を思いやる気持ちは充分分かっているし、有り難いのひと言だ。カジノで得た収益を女の横領分に当ててやりたいというお前の厚意はきちんと伝えるし、張を手伝いがてらの副産物としてなら実際に現金をくれてやっても構わねえが、それは今回の件について女がことの重大さを理解しているかどうかを見極めてからだ。十分に反省して、今後一切俺とお前を煩わせないことを約束するというなら、お前のその温かい気持ちに甘えるのも有りだが、女の態度次第と思っている。いずれにせよ、きっちり話はつけるつもりだ」
「そっか。俺はあの人が闇市に売り飛ばされたりしなければいいなって、それだけだからさ。あとは白龍に任せるよ」
「ああ。すまねえな、冰。お前にはどれだけ礼を言っても足らねえ」
「ううん、そんなこと……」
周はそんなやさしき恋人の肩をギュッと抱き寄せては、愛しそうに髪にキスをした。
「よし、その前にメシだ。もう昼も過ぎてるからな。腹ごしらえをしてから、買い物に回るとしよう」
もう女の話で今の楽しい雰囲気に水をさすことはない。そう言いたげな周の言葉に冰もこくりとうなずいた。
「ご飯……! そういえばお腹空きましたね!」
すっかり普段の明るさを取り戻した冰が喜ぶ側で、紫月も食指ウズウズといった調子でうなずいた。
「だよな! そういや、昨夜っからロクに食ってなかったわ」
「そりゃ俺らも一緒だ。何せ嫁が二人で姿を消しちまったんだ。メシどころの騒ぎじゃなかったぜ」
鐘崎も半ばジョークを飛ばしつつ紫月を抱き寄せながらそう言って、周同様にチュッと髪に口づける。それを見ていた周も冰も、やはりこうして四人で向き合えるひと時が何よりの幸せなのだと実感する。
「それじゃ、しっかり精のつくもんでも食いに行くとするか!」
周が早速に頭の中で良さそうな店をセレクトしていく。
「いいな。精がつくと言や、やっぱ肉だろ?」
「俺、汁モンも食いてえ! ラーメンとかスープとか」
「じゃあ中華ですかね? 肉団子もフカヒレスープも両方ありますし!」
和気藹々、ポンポンと飛び出す会話が本当に楽しい。四人はそのまま老舗の中華飯店で大満足の昼食のひと時を堪能したのだった。
◇ ◇ ◇
そして夕刻、カジノが開くまでにはまだ数時間ほど余裕があったので、一先ず近隣のホテルに部屋を取って待つこととなった。
周が手配しただけあって、窓からはマカオの街並みが見渡せる素晴らしい景観の部屋だ。むろんのこと最上級のスイートタイプで、お茶やアメニティをはじめ、すべて痒いところに手が届くような設備も兼ね備えていた。
そして、もうひとつ驚いたことには、なんと今夜の手伝いとしてモデルのレイ・ヒイラギと、その息子でヘアメイクアーティストをしている倫周が顔を出したことだった。
「冰の算段では変装が必要ってことだったからな。急遽、香港から駆け付けてもらったというわけだ」
元々、周と冰の披露目の際には衣装やメイクなどの相談に乗ってもらうとして、今回の打ち合わせの為、彼らも周ファミリーの邸を訪れていたのだ。
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