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恋敵46

 そんな様子に戸惑いながらも、テーブルの上に置かれた大金の束に気がついた女が驚いたように瞳を見開いた。 「これ……もしかして焔が……?」  女は、自分の為に周が都合してくれたものと勘違いしたようだった。  金がそこにあるということは、横領が知られてしまっただろうことを意味している。不本意ではあるが、それを知っても尚、周が助けてくれたのだと思ったらしい女は、感激に等しいような顔つきでいる。高揚に頬を染めながらも、すがるような視線で周を見つめた。 「焔……あの、あなたがアタシの為にこれを……?」  だが、周は顔色ひとつ変えずに無表情のまま言い放った。 「俺じゃねえ。それはここにいる冰が身体を張って用意してくれたものだ」  女は更に驚いて、硬直しながらも周にすがるように視線を泳がせた。 「唐静雨、久しぶりだな。こんな形で再会するなんざ思ってもみなかったが、今回お前のやったことは俺にとって極めて不愉快で許せるもんじゃねえ」 「……焔」 「お前は俺の大事な奴らに不快な思いをさせただけじゃなく、危険な目にまで遭わせた。だが、そんなお前の為にこいつらはこうして身を粉にして金を都合してくれたんだ」 「……ど……ういうこと……?」  女はまだ事の経緯が掴めずにいるようである。 「お前が闇市で色を売らされると聞いて気の毒に思ったんだろう。本来、冰にとって何の関係もねえことだ。それ以前にこんな迷惑なことに巻き込まれて、普通なら憤慨して当然のところをこの冰はお前の為に尽力してくれたんだ。それについてどう思うのか、まずはお前の意見を聞いてみてえもんだな」 「どうって……アタシは……」  動揺の為か、まったく言葉にならないといった調子でいる。 「俺としては横領を肩代わりしてやる義理はまったくねえと思っているが、冰のやさしい厚意だ。二度と俺と俺の周囲の者たちの前にツラを見せねえってんなら、この金はくれてやる」  女にとっては或る意味痛烈といえる最後通告である。ここで金を受け取って、横領がチャラになることは有り難いに違いはないが、そうすると周とは二度と顔を合わせられなくなる。むろんのこと女が望むような親しい関係などは到底論外で、単なる知り合いですらいられなくなるということだ。  どちらにせよ、痛いに違いはない。できることなら、金も貰えて周との仲も壊したくはないのは本音だが、そんなに美味い話などあろうはずがない。  返済の為に闇に堕ちて働くか、周と絶縁されるか、女は気が狂いそうなくらいの窮地に唇を噛み締めた。 「ア、アタシは……あなたに会いたかっただけよ……! お金のことだって……あなたの為に……日本語を覚えたり就活したり……それに……」 「専務という男の愛人を続けてきたのも全部俺の為だってか?」  女は取り留めのない言い訳を繰り返していたが、愛人の件までズバリと言い当てられて、ますます唇を噛み締めた。 「……ッ、その子から聞いたのね?」  キッと冰に恨めしげな視線を送りながら、まるで彼が告げ口したかのような口ぶりである。周はむろんのこと、これには鐘崎も紫月も呆れ返ってしまった。

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