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厄介な依頼人33
「お邸の警備の方は源次郎さんにお任せすれば、一先ず安心かと存じます。組に出入りする人物はもちろんですが、周辺を嗅ぎ回るような怪しい動きにも即座に対応できるよう体制を整えて参ります。若にはこれまで通り若い衆らと共に私か橘が同行させていただきます。事が完全に解決するまでしばらくご辛抱をお掛けしますが、できる限り予防できるように整えて参りますので」
まるで裏社会の敵対組織に備えるような警戒ぶりではあるが、たかが娘一人の素人と侮って、予想もし得ない大事になるよりはマシである。
「何と言っても狂言誘拐なんぞをさして迷いもなくやってのける女だからな。警戒するに越したことはねえだろう。助力や人員が必要な時は俺の方からも人手を出せる。遠慮なく言ってくれ」
そう言ってくれた周にも、そして清水や組員たちにも迷惑を掛けることを心苦しく思うものの、皆一様に助力を惜しまないと言ってくれることには心からの感謝でいっぱいの鐘崎であった。
そんな中、新たな事件が勃発したのは半月余りの後――、その日は紫月が町内会の会合の為に地元の公民館に出掛けた午後のことだった。
鐘崎組は、極道とはいえ堅気である地域住民との関係も大切にしていて、自治会などにもきちんと顔を出していた。班長などの役割が回ってくることもあるわけだが、そういったことは組員たちに任せきりにせずに、今では紫月が進んで請け負ってくれている。鐘崎と紫月が一緒になる以前は源次郎が担当していたのだが、鐘崎の姐として近所との交友を大事にしたいという紫月の意思だった。
今日も会合があって、今年は防犯担当になった紫月が月一度の寄り合いに顔を出していたわけである。場所はごくごく近所であるものの、当然のごとく春日野がお付きとして一緒に出向いてもいた。
事の発端は会合が終わって帰ろうかという時に起こった。
その集まりに参加していた自治会の役員の一人が、帰り際に素行の悪そうな若い男たちに呼び止められて、金を巻き上げられそうになっているとの報告が入ってきたのだ。地元でも鐘崎組は有名であったから、助けて欲しいと自治会長が紫月の元へ飛んできたのだ。
「鐘崎さん! 大変です! 川久保 さんのところのご主人が危ない感じの連中に絡まれてしまって……」
「川久保のじいちゃんが? そいつぁ大変だ!」
紫月も幼い頃からよく遊んでもらったり、面倒を見てもらったりしたタバコ屋のご主人である。すぐに春日野と共に老人がカツアゲに遭ったという現場へと急行した。
「じいちゃんは?」
「ああ、紫月ちゃん! 良かった、来てくれたんかい! 川久保のじいさんはヘンなヤツらに連れてかれちまってよ……。何とか助けようと後を追ったんじゃが、今は廃墟になっとる町工場跡に引き摺り込まれちまったんで、それ以上は追えんでな」
「ちょうど警察を呼ぼうかと言っとったところさ。もう、わしゃ怖くて怖くて腰が抜けそうだ」
最初にカツアゲに遭ったという現場には自治会仲間の老人たちが数人いて、皆一様に震え上がっていた。
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