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厄介な依頼人32

「三崎さん、お嬢さんはご無事です。あちらの寝室にいらっしゃいます。我々はこれで失礼しますが、今後はこのようなご依頼はお受け致し兼ねますので、お嬢さんにもくれぐれもそうお伝えください。それから、この男たちの処遇もお任せ致します」  取り押さえた犯人たちを差し出すと同時に鐘崎から感情の見えない声音でそう告げられて、ようやくと我に返ったように社長が瞳を見開いた。 「鐘崎君……何とお詫びをしたらよいか……申し訳ない……! 言葉もありません」  震える声でそれだけ言うのが精一杯だったようだ。 「構いません。とにかく無事で何よりです。それでは失礼致します」 「……は、本当に申し訳ございません……このお詫びは後日改めてお伺いさせて……」 「いえ――そういったお気遣いはご不要です。二度とこのようなことがないようにしていただければ我々のことはお構いなく」  というよりも、今後は関わってくれるなと鐘崎の視線がそう告げている。 「はあ……申し訳ありません」  立っていることさえおぼつかない驚愕ぶりで謝る社長の姿は気の毒というしかない。あとは父娘の問題である。これ以上は口を出すつもりもないし、言い訳を聞く必要もない。鐘崎は周らと共に早々にスイートルームを後にしたのだった。  帰りの車中では、周が呆れを通り越して心配顔でいた。 「ありゃ、いったい何だ。娘の恋煩いというよりは、タチの悪いストーカーじゃねえか。意地の悪いことを言うわけじゃねえが、これで治まると思わねえ方がいいかもな」  周が渋い顔付きで言う。鐘崎もまさかここまで煩わされるとは思ってもみなかったというところだろう。 「そう思うか?」 「ああ――。一般人なら警察が介入して当然くれえの事案だろう。しばらくの間は、お前と一之宮の周囲には特に気を配っておいて損はねえと思うぞ」  周の言葉に清水も同意だとうなずいている。 「今回、ご令嬢が雇った犯人の二人ですが、三崎社長がどのように処遇されたかということも含めて、動向には目を光らせておきたいと思います。念の為、若い衆を密かに張り付かせておこうかと。あの社長は経営面でも真面目一筋でこられて人徳もあられる御方ですので、心配はいらないと思いますが、ご令嬢の方の動きには注意が必要です」 「――お前らにも苦労を掛けてすまない」  鐘崎が申し訳ないと頭を下げる。 「それから――しばらくの間、姐さんのお側には護衛役として春日野を付けようかと思うのですが如何でしょう。ヤツは頭もキレますし、ゆくゆくは彼の実家である任侠一家を継ぐ器でもあります。常識もありますし人柄も穏やかで、そのうえ体術にも長けています。姐さんに対して失礼になるようなことはないと思います」 「ああ、春日野にも苦労を掛けるが、そうしてもらえると有り難い。俺が仕事で留守にしている間、紫月を邸に縛り付けておくのも不憫だからな。あいつにも実家の道場の手伝いなんかで外出するくらいは自由にさせてやりてえしな」

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