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厄介な依頼人31

「パ、パパが来てるの……?」 「ロビーで待機していただいております。とてもご心配なさっていらっしゃいますよ。とにかく、そんな格好ではお父上が驚かれるでしょうから」  気を利かせた清水がすぐさま鐘崎の腕から娘をもらい受けながらそう言って、バスルームに掛かっていたローブを羽織らせる。そのままベッドへと腰掛けさせると、 「すぐにお父上が見えますので」  娘を一人残し、鐘崎も清水も扉を閉めて出ていった。 「……! 待って……遼二……さ……ッ」  追い掛けようと咄嗟に手を伸ばせども、それが鐘崎に届くことはもうなかった。  一方、リビングの方では既に捕らえた男たちから周が事情を聞き出していた。 「……俺らはあの女に頼まれて、カレシとの仲直りに手を貸しただけだって!」 「ケンカして一ヶ月以上こじれたまんまでさ、困ってるっつーから! カレシが迎えに来たら、ちょっくら犯すフリをしてくれって! 言われた通りにしただけだっつの! 実際には何もやっちゃいねえって!」 「そうそう! 要はバイトだよ。こんだけで一人百万ずつくれるってんだぜ? こんなオイシイ話、乗らねえ方がアホだろ?」 「なのに刑事が来るって……話めちゃくちゃじゃね? ワケ分かんねえし!」  よほど焦っているのか、問いただす手間さえ要らずといった調子である。あまりのことに周も若い衆らもほとほと呆れ返ってしまった。  男たちの話では、アルバイト先のカフェに常連客として訪れていた繭と顔見知りになり、幾度か挨拶を交わす内に親しくなっていったらしい。そんな中で、高額な報酬と引き換えに今回の計画を手伝う算段になったとのことだった。  父親の三崎社長への身代金要求の電話も繭自身がしたらしい。目的は、喧嘩した恋人――つまりは鐘崎のこと――らしいが、その彼と仲直りのきっかけが掴めないので、緊急のシチュエーションになればスムーズに和解できるだろうからという言い分だったそうだ。  男たちが頼まれたのは、鐘崎が一人で迎えに来るから、その後は身代金から一人百万ずつ取って部屋から立ち去ってくれればいいとのことで、こんなに楽でおいしいバイトならと飛びついたということだった。有名ホテルのスイートルームにしたのも、男たちが帰った後で、そのまま恋人と泊まるつもりだからと繭は言っていたようだ。  どこまで本当の話か知れないが、危険な目に遭った直後なら鐘崎が心配して側に居てくれると思ったのだろうか。あわよくば、手籠に遭いそうになった姿を見て、その場で鐘崎が欲情でもしてくれれば、してやったりというところだったのかも知れない。  こんな大それたことをしてまで想う恋情は憐れというしかないが、それにしても常軌を逸している行動である。鐘崎も周も、そしてその場にいた若い衆らも、皆一様に怒る気にもなれず、ただただ呆れるばかりであった。  そうしている内にロビーで待機してもらっていた繭の父親がやって来た。エレベーターの中で清水から事の次第を聞かされた彼は、信じ難いといった顔付きで、鐘崎を前にしても謝罪の言葉すら出てこない状態だった。

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